「さわやかな映画ですが心に何かつっかえる映画でもあります」エターナル・サンシャイン あんゆ~るさんの映画レビュー(感想・評価)
さわやかな映画ですが心に何かつっかえる映画でもあります
2004年アメリカ映画。108分。2000〜2009年の間で「最も重要と考えられる映画」として米誌が選んだ第二位が本作(ちなみに一位はデヴィッド・リンチの「マルホランド・ドライブ」)。監督はフランスのミシェル・ゴンドリー、脚本は「マルコビッチの穴」のチャーリー・カウフマンでございます。
内容は、恋人にふられたばかりの冴えない男が、彼女の記憶を消去しようと、その道専門の医者にかかるという架空の設定による物語。男は睡眠中の深夜に記憶消去の施術を受けるのだが、やはり彼女の記憶を大切にしたいという深層心理が働き、夢の中で彼女を連れて逃避行に走るという按配でございます。
チャーリー・カウフマン脚本の作品はこれが二作目なのですが、さすが「マルコビッチの穴」の脚本家と思わせる奇想天外なラブストーリーです。そして、「穴」以上にすごいのがミシェル・ゴンドリーのシュールな映像感覚。夢の中で展開される映像はかなりの見もの。
なぜ本作が「重要な映画」なのか?それは有り体に言えば、ヴァーチャルリアリティ化している昨今の世界を反映しているからだと思う。(恐らく本作の発想の本家本元と考えられるであろう故ジャン・ボードリヤールは、「セックスですらも将来、疑似体験化(ヴァーチャル化)されるであろう」と言った。)
逃亡する主人公が記憶の中をおとぎの世界のように闊歩していく姿は、ネットに自分の仮想空間を設け、自分の化身をつくりあげていくことと似ている様な気がします。そしてトラウマなどの感情を新しい自分と「交換」するのだ。
世界がグローバル化とかいって拡がりをますます持っているなら、個人個人はヴァーチャル化によってますます拡がりをもっていると言えるかもしれない。そして、その世界が仮想現実であればあるほど、実体がないだけに空恐ろしい気もします。(そういえば、ネットの世界には「ネカマ」なる人種もいるっけ。)
本作では主人公が始終憐れなだけに、新しい自分でも本質的なもので満たされていないからよけい憐れ。それは「魂」の抜け殻のようであり、無機質な姿があるからなのでしょう。わたしたち現代人はこのようになっているのかもしれません。
末筆ながら、そんな主人公を演じきったジム・キャリーの演技は、逆説的にも真に迫るものがあってお見事でした。