ボディビルダーのレビュー・感想・評価
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他者の評価に依存するアイデンティティが生む狂気と妄想
ネットで見かけたボディビル版「ジョーカー」という前評判がうっすらと脳裏に漂った状態で観たのだが、オチの方向性は全く違っていた。正反対と言ってもいい。
監督の意図するところではないが、ジョナサン・メジャースが当初の本作公開時期前に起こした元恋人への暴行事件のイメージによって、皮肉にも主人公キリアンの人物像がよりリアリティを増した気がする(ただし、容疑の一部は無罪判決が出ている)。彼の語る自身の過去の価値観も、妙にキリアンの生き方と重なる部分がある。
キリアンは冒頭からヤベー奴臭がぷんぷんしていて、物語後半でブチギレて暴力で復讐していく様が眼に浮かんだが、結果的に彼が派手な破壊行為をしたのは塀の塗り直しに来なかった塗装屋の店舗を襲撃した時だけだった。
途中色々とキリアンにとって不快な出来事が起こるたびに「こりゃ後でこの相手は殺されるな」と思いながら観ていたが、そうはならない。彼の怒りは何度も暴発寸前まで行くが、カウンセリングの効果なのか毎回実行には至らず寸止めだ。
暴力という形でハジけないこの流れは、見方によっては好き嫌い分かれるかもしれない。だが私は、怒りを抑えようと何かブツブツ呟いたり「私は冷静に話してますよね?」と言うキリアンが何より怖かった。あくまでフィクションにおける描写に対する評価だが、想像通りの暴力シーンが展開されるよりもある意味嫌な緊張を強いられた。メジャースの放つ負のオーラに圧倒された。
一方で、想像通りの展開もあった。ジェシーとのデートのシーンだ。
彼女から誘いの電話があった段階でもうやらかす未来しか見えなかったのだが、期待(?)を上回るキリアンの振る舞いに笑った。
① デート直前に聞く音楽じゃないし気合いの入れ方が怖い ② 最初の話題が両親のあんな話って激重過ぎ ③ 空気を読まないメニューのチョイス ④ ボディビルのレジェンドとか一般の女子は知らねーし、 世界を広げた方がいいのはお前
ツッコミを入れながら見てしまった。うーん、これは役満。ジェシーの表情がみるみる曇っていくのが面白かった。
店員に見栄を張ってか「帰ると聞いていた」と弁明するキリアンの感情を抑えている様がすでに怖くて、伝言だけ残して帰った彼女が後で殺されるのではと心配になった。
ただ、キリアンは極端な人間として描かれているが、初デートで舞い上がっておかしな挙動をするとか、つい自己アピールが過剰になるとか、根っこの部分は誰しもが(特に若い頃)経験する感情に通じていて、心の片隅でかすかな共感性羞恥を感じたりもした。
コンテスト直前のキリアンを仲間と襲撃した塗装屋とレストランで鉢合わせした時は、子どももいるけどとうとうこいつをボコボコにするのかと身構えたが、ここでもどうにか堪えた。彼は塗装屋の息子にカロリー指導して「太ったら嫌われるぞ」と説き、周囲の客に「ブス! デブ! ハゲ! チビ!」(笑)と子どもじみた悪態をつきながら出ていく。
傑作だったのは、かつて自分の三角筋を小さいと評したコンテスト審査員の自宅侵入シーン。マシンガンを抱えて乗り込んで、今度こそ惨劇かと思ったら、ぷよぷよのおっさんを裸にしてポージングさせ、(筋肉的な意味での)上下関係を叩き込む。
どんなジャンルであれ、やたら上から目線で否定してくる評論家にプレイヤー側が「じゃあお前がやってみろよ」と言いたくなる気持ち、お察しします。ここだけは妙にスカッとした。
憧れのブラッドからやっと電話をもらえたと思ったら、近所に興行に来たついででヤリ捨てられた形になったキリアンにはちょっと同情した。今度こそとうとう舞台上での惨劇かと思わせ、襲撃シーンまで描写されるが、それは幻だった。
ただし、キリアンがブラッドへの攻撃をやめたのは、衝動を自制心で抑えこむという過去のパターンとは違う理由だったように思う。
それまでの彼にとってのボディビルは、他人に勝つことで己の存在意義を示すための手段に過ぎなかったのではないか。両親にまつわるトラウマや祖父の介護、貧困に縛られた現実の中で、唯一自分でコントロール出来るのが筋肉だった。他者の評価を得ること以外に競技の意味を見出せないので、何年も恨むほど審査員の一言に振り回され、レジェンドに認められることに固執し、ドーピングに依存した。
だが、殺す覚悟で舞台に立つブラッドを見た瞬間、キリアンはボディビルダーの純粋な美しさや競技の本質に目覚めたのではないだろうか。自分に屈辱を与えたブラッドという人間への憧憬が消えてもなお、彼の肉体が美しいことにキリアンは気づいた。
だからマシンガンやステロイドといったそれまでの自分の歪みを象徴する道具を捨て去り、他人の評価ではなく自分や競技そのものと向き合っていく決心がついたのではないだろうか。
これは、狂気に溺れた人間が彼岸に流れつく寸前で一命をとりとめ、現実に帰ってくるまでの物語なのだ。
観る者すべてを異様な気持ちにさせる怪作
これは観る者を異様な心持ちにさせる怪作。嫌う人もいるだろう。それもわかる。確かに居心地の良い映画ではないし、威圧感が半端ない。しかしかつて70年代が『タクシードライバー』を生んだように、私には主人公の肉体が現代を極めて象徴的に表しているとさえ思えた。欲求、怒り、憎しみ、衝動、叫び、苦しみの全てがまとわりついて層を成す彼の筋肉は、外圧と内圧から脆弱な魂を守るための最後の鎧であり、壁だ。でも『ジョーカー』と同じく、いざ均衡が崩れると不安定な自分が暴れだす。仲間はいない。恋人もいない。世界中の誰もが自分を見ようとしない。その病的なまでの絶望は悲劇やカオスを生むのか、それとも何らかの光を見出せるのか。どこか祈るような気持ちで見つめる自分がいた。長編デビュー作とは一線を画し、人間の奥底をさらうかのように闇を照らしたイライジャ・バイナムの演出力に感嘆する。製作から2年。もっと評価されて良かった作品だ。
ボディビル界の内幕暴露も衝撃的な外見と内面の葛藤劇
ステロイドの助けを借りて筋肉を増強させ、見栄えのいいボディメイクによって脚光を浴びることを夢見ているボディビルダーのキリアン。原題の"マガジン・ドリームズ"とはボディビル雑誌の表紙を飾ることを意味する。それはその世界で頂点を目指す挑戦者たちにとってはスターの証なのだ。
しかし、キリアンは育った家庭環境の影響もあり、心の中に複雑な問題を抱えていた。それが、周囲に溶け込めず、湧き上がる怒りを暴力に繋げてしまう遠因でもあるのだ。感情を自らコントロールできない、いわゆるアンガー・マネジメントを扱った映画は過去にもあった。だが、本作が一層シュールなのは、そこにボディビル界独特の評価基準や、ボディビルダーたちの密かな性的嗜好を描いた点にある。アメリカ社会に根強いマッチョ崇拝主義が物語の根底にあるような気もする。キリアンには幸福な出口が一切見当たらないのだ。
ここまで人間の内面と外見の乖離が招く悲劇をあからさまに描いた作品はそう多くないと思う。ジョナサン・メイジャーズの筋肉に怒りと悲哀を投影させたかのような熱演も含めて、決して後味は良くないが観る価値は大いにある問題作だ。
ホラー、コメディ、トラジェディ 共感できる 成功者とそれ以外
好きなユーチューバーが注目していると語っていたので見ることにした。すすめていたのは都市ボーイズの岸本さん。
音楽の使い方、撮影の仕方がとても良いと思った。
主人公の心理は多くの人が共感するのではないか、成功したい、目立ちたい、誰かになりたい人は多くいる。もちろん暴力や狂気は恐ろしい、だから迫力、リアリティがあった。
小さな女の子と連れて見に来ていた観客がいて、その少女はどう思ったか、興味があった。小さい子には結構暴力的な怖いシーンが多いと思う。
ボディビルディングは部外者には滑稽だ。シーンによっては笑ってしまった。
でも主人公にとっては深刻で笑った後、少し罪悪感も感じた。
全体に古い映画のような質感、演技者はリアル、見る価値があるが、人によって興味が持てないかもしれない。前の席の人は携帯を見だした。
そのあたり、中盤は少しだれがあったかもしれない。
もう少しその先を観たかった
主人公にとってボディメイクは他人に認めてもらうための一つの手段だったのだと思う。コンテストで結果が出ないと自分自身を否定された様で我慢ができなくなる。憧れのボディビルダーが自分に近づいた理由が性的な目的だったことに落胆する。せっかくデートに応じてくれた女性は自分の両親のことを話した瞬間に引かれる。
逆恨みを実行しなかったのは、唯一の味方(主人公がそう思っているが、本当は手を差し伸べている人達は存在する)である祖父の存在が何とか引き留めたのだろうか。
ここから彼はどうなるのだろうか。続きこそが見どころだったのに。
ヤバそうで、ヤバくない、ちょっとヤバいマッチョ…
ラー油かよッ!つか、ちょっとどころじゃねぇよ!🤣
でも、、
ギリギリのギリのトコで一線は越えないんだよなぁ🤔
まぁ、でも…超えないっても、レッドラインギリギリな。
“普通”と呼ばれるヒトならイエローラインすら超えないもん😅
主人公のあの病んでるチックな俗に云う…トウシツっての?
アノ感じは…幼少期の強烈な体験からなのか、、はたまた、定期的にキメてるステロ〇ドの影響も有るのか?
ボディビルダーとしてトッププロとなり、メジャーな業界雑誌の表紙を飾るのが、積年の夢であり、執念の素。
尊敬するプロ・ボディビルダーに敬遠されそうなくらいファンレターを書いて、
その内容も、ちょっと考えれば十中八九…[うわぁ〜ガチ系でヤバじゃん]ってドン引きされそうな事くらい分からろうモノなのに、
ソレがまるで解らない。
10年近く前の大会で審査員に云われた批評を未だに根に持ちながら、
表立ってはネチネチネチネチ文句も云えず…
プロテイン片手に偶に観る🔞も、もしかしたら彼にとっては、脳内から分泌される興奮物質が筋肉💪にウンタラカンタラ…なのかもしれない。
人生の殆どを信奉する【筋肉】に捧げても報われない現実…
《そう…筋肉!筋肉は全てを解決する!》んじゃなかったのかよッ!って声が聴こえてきそう。
切なくて、哀しくて、、でも…
同情出来ない主人公😰
まぁ、筋肉版ジョーカーとか筋肉タクシーなんて比喩されてるそうだけども…なんだかなぁ。
ひたむきさと狂気
上映後のトークショーで、現役のボディビルダーの話を聞いているとこの競技のことが少し理解できた。知らない世界がこの世には実に多いことか、とにかくこの競技に対するリスペクトと関心が湧いてくる。
ボディビルというカテゴリー
映画を見て、その後のトークショーの話を聞いて、納得した。
こんなにストイックな世界なんだと。
完璧な肉体を作るために自分を追い込んでゆく。
過激なまでのトレーニングと節制・計画された食生活。
その上で成り立つ競技。
ここまでやるとは知らなかった。
まさに、言葉は適切ではないけど、ナルシズムの極致。
トレーニングを積み重ねながら、自分だけの世界にのめり込んでゆく主人公が怖い。
やがて、自分が感じている事が、相手もそう思っていると信じて疑わない。
なぜ、こんなにも思っているのにあなたはわかってくれないの。
ある意味、子供のままの感情。
そう主人公は、精神的に大人に成りきれていない。
精神の成熟を妨げた家庭環境と貧困が、痛々しい。
「アンガーコントロール」というキーワード
主人公が、カウンセラーだろうか、彼の福祉担当員だろうか、そんな女性から冒頭に投げかけられる彼の性格。
病的なまでの思い込み、ボディビルダーというストイックで自分を追い込んでゆく生活、そしてアンガーコントロール。
この3つを上手く素材として映画にした、大したものだ。
主人公のひたむきさが痛々しい。
怒りがコントロールできないんだ。
一つ一つの要素は、一般人からしたら馴染みのある要素ではないけど。
この主人公に凝縮してゆくことで、映画は成功している。
意外に良作だった!
お正月映画でみたいものが無く、色々な映画館を吟味して、無理のない時間帯として「ボディビルダー」を選びました。
一応、本作品、予告編を見て、少々興味は有ったので、あまり期待せず、頭をからっぽにして見に行ったのですが、本作品、意表つく程面白い作品でした。
まずは、アイデアがなかなか素晴らしく、「ボディビルダー」でなくても良かったのですが、あえて「ボディビルダー」を主人公にしてお話が進むのですが、ある意味、1970年代や1980年代に公開されていた意外にも優秀な作品として語り継がれても可笑しくないかなと思えるほどの作品。ある意味、本作品の内容は、本作品に通りですが、見る人によっては、色々な結末や内容を想像出来たようにも感じます。
また主人公のジョナサン・メジャースって、「クリード 過去の逆襲」に出ていた人だよね。意外に上手いと言うか、この手の役柄って意外にわざとらしさが出て来るんだけど、彼の場合、やたら自然で、逆にお話が進む連れ、次第に不気味感が伝わってくるので、その辺がいいですよね。
監督のイライジャ・バイナムも意外に、センスのよい監督さんで、今後期待したいね。
ある意味、誰でも主人公のような体験や想いはあると思うし、そうした人間の限界までの心理と行き過ぎた感情や、自分の置かれている立場など、なんか、思わず、主人公に加担していまうような・・・
しかし、最後に、お爺ちゃんとのシーンは、私的には、ジーンときてしまった。このシーンがあるからこそ、本作品が、単にサイコパス映画などにはまらない、優秀作品に見えるのかもしれない。
主役の演技はいいが、脚本がダメ。 全然ダメ。 物語の中に、色んな意...
主役の演技はいいが、脚本がダメ。
全然ダメ。
物語の中に、色んな意味合いを関連付けられるフックをたくさん作ってるけど、なんの話にしたいかを決めきらないまま終わった。
芯がないから、ディティールがない。メシを食うシーンは多いけど、そのメシはただの記号。ボディビルダーの緻密なカロリーコントロールを表現しようとはしていない。
コンテストも記号。「品評会としての場」を撮る事だけが目的なので、そこに並ぶ筋肉は記号。より身体を美しくみせるために、手の挙上や肩甲骨の回旋で筋肉の量感をコントロールするポージングの技法も表現されていない。
頭でっかちなお話になってるからディティールが甘い。youtubeとVHSを混在させるから時代設定がよくわかんなくなる。舞台が2025年なら、主人公が偏執的にこだわるオリンピアの年代を主人公が一桁歳であろう90年代にする必要はあんまりない。
脚本はダメ。でも主役の演技はとてもいい。嫌な質感がでてる。あの笑顔がMVP。
もっとマシな演出とディレクションがあればと思うことしきりだ。
あと、撮影もすっげえわざとらしいフレアがんがん入れてたけど、かなりいい仕事してたわよ。監督と脚本がもうちょいマシなら、もっといい映画になりました。
男の子って悲しいね
女性が綺麗になりたいと思うのは本能だが、男性は他者の目を意識しなければ、カッコよくなりたいと思わないのだとか。
これはお母さんの鏡台からこっそり口紅を引くことが出来なかった男の子の物語。
欲しくもないものを求め、好きでもない人を好きになろうとする。
手抜き工事や不正審査にも耐え続けて来た。
心優しい少年の遣る方無い思いの蓄積が、あの素晴らしい肉体なのだろう。
タブーに踏み込むことで肥大し続ける承認欲求。
自分で自分の美しさに気づかなければ、モンスターになるしかない。
退屈な映画と思いきや、観終わってみれば傑作。
憧れのスターに近づく為に頑張って来たのに、結局身体目当てでやり捨てされる虚しさ。
散々映画で観てきたシーンに初めて共感。
カーン!
MARVELのサノスに代わるラスボス︰カーン役をつとめるも、彼女を暴行して逮捕され契約解除されたジョナサン・メジャースの復帰作 と思って元旦に観にいきました!
『タクシードライバー』『ジョーカー』『サブスタンス』に似た切なくて痛々しい映画ですが、殺人をしてスカっとする、という一線は越えなかったので、新年にふさわしい希望をわずかに感じられます。
ジョナサン・メジャース、すごいのにトップとまでは言えない絶妙な身体づくり! オッサンのようで幼くも見える表情! そして自信の罪を投影したかのような暴力性のある役柄を引き受ける意気込み!と、さすがカーン役を掴み取っただけのことはあるすごい演技でした!
いきなりアンガーコントロールみたいなワード出るし。
映画界って、私生活とか過去を蒸し返すようなキャスティング、敢えてすることあるじゃないですか?
今作のジョナサンは見事にそれに応えて克服・更生してみせてくれました
……と思いながら劇場をあとにしましたが、2023 という表記が引っかかって検索したら、この映画は事件の前に撮影終わっていたとのことです。
すると、事件は行き過ぎた役作りが遠因? などと邪推してしまいますが、
とにかく個人的には、カーン役を続投してほしい気持ちもあります。別の俳優でもいいけと。
MCUのボス︰ケヴィン・ファイギもカーンの続きを描く可能性はある、という記事を1度だけ目にしたことがあるので、数年後にMCUを後追いする新規ファンを戸惑わさせないためにも、カーンとの決着もしっかり映像化してほしいと願う2026年でございます!
狂気というよりも⋯
主人公、狂気というよりも、大人になりきれていない、ある意味「純情まっすぐ君」だったのではないかな。小さい子供が感情の赴くままに周りも見ずに行動をしているとしか思えませんでした。そうなってしまったのは、家庭環境によるところがかなり大きかったみたいですね。
幼い頃に両親の悲惨な死に方を目の当たりにし、ベトナム戦争の英雄というおじいちゃんに育てられはしたけど、子育てには向いていない人みたいだったし⋯。
それでも、不良になってギャンググループに入ることなく、ドラッグに溺れることもなく一つ夢中になれることを見つけられたのはまだ幸せだったかもしれないですね。とはいえ、感情が抑えられなかったり、他人の感情を汲み取れない人間のままであるのは変わりがなく、それで常軌を逸した行動に走ったりして、益々孤独に陥ってしまい、社会から疎外されていくかたちになってしまう。典型的な不幸の連鎖の中に身を落としていってしまう主人公が、とにかく哀れで気の毒で仕方がなかったです。
しかし、最終的にはおじいちゃんの愛情に触れ立ち直りの兆しを見せていくところは、さすが「家族」を大切にするアメリカらしい。結局、1人の人間の人格形成に影響を与え、人ひとり生かすも殺すも「家族」、特に「親」の存在が重要になってくるということなんですかね。だから最後は救いがあって良かったです。
マッチョ芸人のコント
いい映画だったので久々に感想を残します。
まずシネリーブルに来たのが1年振りで、内装や音響が変わっていて驚いた!席は大手シネコンだと特別料金払わないと座れないゆとりがありました。ミニシアターの域は超えていて、あの環境で1200円は安い。
年末ということもありほぼ満席。家族やカップルのお客さんも多く、その人達には失礼ながら映画のチョイスを間違えているようにも思ったw (実際に隣のお兄ちゃんは終始伸びをしていた)
さて、映画の感想については印象に残った事柄ごとに記していきます。
①マッチョ芸人のコント
てっきりボディビルディングという競技を悪魔的に描くものだと思っていたけど、実態は底辺でもがき苦しむ男の物語だった。
シリアスに描かれているけど中盤まではマッチョ芸人のネタのような出来事ばかりで内心笑けた。YouTubeの撮影、レストランでのデート、憧れに対する執着。どれもコントでありそうでツッコミどころ満載だった。
②くどい闇堕ち
闇堕ちのフェーズは長い螺旋階段をゆっくりと転がり落ちるような感覚だった。まだ続くのか…と。その姿はジョーカーを彷彿させたが、ジョーカーのように大きなトリガーは一向に引かないもんだから、映画として一体どうのような着地になるのか見ていて不安になった。
拳銃を隠してクラブで遊ぶ姿を見て、ムーンライトの主人公のようにこのままアウトサイダーとして成功する姿も見てみたいと思った。エンタメ的にはその方が面白い。
③最後はグッときた
バッドエンドもあり得るかと思ったが、祖父の存在がそれを留まらせた。詳しい事は聞かず抱きしめながら言った「俺がいる」という言葉にはグッときた。孫がいないと実生活はままならない実態がありながらも、戦場を生き抜いたから男だからこそ言えた言葉なのかもしれない。
ラストシーンははっきりと認識できなかったが、ポスターは自分の写真を貼ってましたよね?憧れを追いかけるのではなく、彼は自尊心を持つ旅に出かけたのですね。ただのハッピーエンドではなく、リアリティあるラストでした。
④コールガールも訳あり
セックスワーカーのしきたりを知らないが、普通キスはするもんだろ。主人公が他人に自分の体を触れさせるのを拒んでいたのと同様、このコールガールも何らかの闇を抱えているのだろう。あんな残念な男、放って退室してもいいのに受け止めてたもんね。
⑤別にええんやけど
リアリティを追求した映画に驚きと賞賛が生まれるのは、前提として時間や脚本という制約と闘っているからというのも理由の1つだろう。私は都合良く物語が進んでいくことは一定許容している。
その上でツッコむとすれば、内装屋は警察に言って経済制裁を下せよ。ファミレスでも居続けるとか危機管理が崩壊している。
後、主人公は週3勤務のくせに銃買ったりステロイド買ったりと生活感が釣り合わなかった。
⑥最後に
真面目な話、現実を受け入れて認知を正すのって新しいことに挑戦する以上に辛いことだと思う。ただ、その後主人公がどうなるかはわからないが、少なくとも夢を追っていた頃より納得いくボディビルディングをできるはずだ。
後、個人的な話だが、自分の父親の年齢を考えれば会う時間は残り限られてくる。父親が残念な気持ちで最期を迎えないよう生活しようと思った次第です。
コロナ前後は映画館に週2回通っていましたが、今では年数回となりました。中には糞映画もありますが、こういう作品を見るとまた何かを見たくなる。折角の休みだし、年明けも何か見ようかな。
サイコパス
サイコパスが心の拠り所にしていた
ボディビルダー。
ある意味、病気的な自分で創り上げた世界と
現実世界の境界線が分からなくなったのだろう。
心は優しいが病を持つキリアンは筋肉で
自分を保っていた。だがその筋肉に頼り
過ぎて、やがて狂気に変化。
何者ではない自分を受け止めて現実での
生き方が望ましい。
承認欲求が蔓延る現在は難しくなっている
かもしれない。
ボディビルダーがヤバいことになる話じゃなくてヤバい人がボディビルダーだった話
主演俳優に「この役の為に生まれてきた」と言えるほどの妙
【イントロダクション】
世界一のボディビルダーとして雑誌の表紙を飾る事を夢見る孤独な男の苦悩と絶望、その先にある狂気を描く。
主演に『アントマン&ワスプ:クアントマニア』(2023)、『クリード 過去の逆襲』(2023)のジョナサン・メジャース。
監督・脚本に、2023年Variety誌の「注目すべき10人の監督」に選出された新鋭、イライジャ・バイナム。
【ストーリー】
アメリカの片田舎でボディビルダーとして大成する事を夢見る青年、キリアン・マドックス(ジョナサン・メジャース)。両親は他界し、ベトナム戦争の帰還兵である祖父ウィリアム(ハリソン・ペイジ)と2人暮らしを送っている。昼間はスーパーの従業員として働き、同じ職場のレジ係のジェシー(ヘイリー・ベネット)に好意を寄せている。
キリアンは、伝説のボディビルダー、ブラッド・ヴァンダーホーン(マイク・オハーン)に熱狂しており、毎週のように彼への手紙を書いて送っているが、一向に返事は来ないでいた。彼は、ボディビルダーとして成功して、「雑誌の表紙を飾る」という夢を叶えれば、皆が自分の存在を認め愛してくれると信じており、過酷なトレーニングや食事制限に明け暮れるストイックな日々を過ごしていた。
また、キリアンは精神疾患を患っており、アンガーマネジメントが苦手な事から、過去に脅迫未遂のトラブルを起こして現在はアンガーセラピーに通っている。しかし、ある晩キリアンはウィリアムの注文を無視した塗装店へ抗議の電話をした際に、要求を無下にされた事で怒りを露わにし、車内に大音量のメタルコアを流しながら塗装店の窓ガラスを破りに行ってしまう。
また、過酷なトレーニングや食事制限にも拘らず、中々足回りの筋肉が付きにくい事から、ステロイド注射を多用しており、脳腫瘍や肝疾患の危険性もある。
キリアンはボディビル大会への準備に励む中、ジェシーをデートを誘う。後日、店の店長からキリアンの番号を聞いたジェシーにOKの返事を貰うと、彼はスーツに身を包みジェシーとのデートに向かう。しかし、両親の他界理由が父親による母親の殺害と拳銃自殺である事、ボディビルダーとして成功する為に一切の妥協を許さず、尊敬するブラッドへの思いを熱く語り、大量の料理を注文する姿にジェシーは恐怖を感じ、トイレに向かうふりをして店を去ってしまう。残されたキリアンは、人の居なくなった店内で大量の料理を口にし続けてた。
ボディビル大会当日、会場へ向かおうと自宅前の車に乗車しようとした所を、先日の塗装店の破壊行為に対する店主達の仕返しを受け、酷く暴行され負傷してしまう。しかし、流血しながらもキリアンはボディビル会場へと向かい、ステージに立ってポージングを披露する。だが、キリアンはステージの上で意識を失って倒れてしまう。
やがて、社会的孤立による孤独と満たされない承認欲求、憧れのブラッドへの思いから、キリアンの精神は限界に達し、次第に狂気に呑まれていく。
【感想】
本作の製作は2023年だが、日本は勿論、本国アメリカでの公開すら今年の3月へと大幅に延期される事となってしまった。
理由は明白で、2023年3月に主演のジョナサン・メジャースにプライベートで女性への暴行・ハラスメント疑惑が持ち上がり、これにより、本作の配給権を獲得していたサーチライト・ピクチャーズが公開を中止するに至った為だ。
本作のキリアン・マドックスのキャラクターと、ジョナサン・メジャースのプライベートを安易に重ねるべきではない(本作の撮影時期は事件前である為)だろうが、それでも、作中における「頭蓋骨を割って脳みそのスープを飲んでやる」といったキリアンの凶暴性と、ハラスメント疑惑で結果的に有罪判決を受けたジョナサンとの姿には、奇妙な偶然が重なっていくのだから面白いものである。
そんな紆余曲折を経て、晴れて日本でも公開に至った本作。現代社会的な承認欲求や、「夢を追う」事のリスクと孤独、精神疾患と身体的摩耗によって限界を迎えていくキリアンの姿は、私の胸に強烈に突き刺さった。しかし、「突き刺さった」事と、本作に対する「面白さ」はまた別の話である事は予め留意しておきたい。
主演のジョナサン・メジャースの演技は、前述したプライベート、そして4ヶ月間の過酷な肉体改造を経て顕現するボディの完成度の高さから、圧倒的な存在感とリアリティを放つ。特に、歯茎まで見せたキリアンのギリギリの精神状態を体現したかのような引き攣った笑顔の演技は本作の白眉である。
しかし、これほどまでの見事な肉体改造を経ても、本作に出演するマイク・オハーンをはじめとした本物のボディビルダー達と並び立つと、ジョナサンは忽ち小柄に見えてしまうから面白い。役作りとしての肉体と、人生を捧げて鍛え上げて来た本物の肉体との差が、画面に有り有りと表れているのだ。
そんな、正に迫真の演技と言うに相応しいジョナサン・メジャースに対して、脇を固める俳優陣も、それぞれ印象的な演技を披露している。
特に、キリアンが好意を寄せるジェシーを演じたヘイリー・ベネットが彼とのデートシーンで見せる気まずさと恐怖を浮かべた表情の演技は絶妙で、この“世界一気まずいデートシーン”は本作屈指の名シーンだと思う。
実際にボディビルダーとして輝かしい成績を残しつつ、俳優としても活動するマイク・オハーンの存在も欠かせない。キリアンが狂信的に信仰するブラッド役として、実際の世界チャンピオンを起用するというのは、これ以上ない程の説得力を生み出している。
【孤独な夢追い人、キリアン・マドックス】
両親は悲劇的な事件により他界しており、昼間はスーパーの従業員、家には唯一の理解者であり尊敬出来る祖父との2人暮らし。低所得、女性経験なし、夢追い人として孤独に苦しむ日々。唯一相談出来るカウンセラーにも、見栄からバレバレの嘘を吐いてしまう。
そんな彼の姿を、私はとても他人事とは思えなかった。私の大好きなバンド、UVER worldの『Fight For Liberty』という曲の歌詞に、「叶えたい事と叶わなそうな事が重なって見えるけど」というフレーズがあるのだが、私の現状、そして本作におけるキリアンの置かれた状況は、まさにそれである。
女性へ好意を寄せながらも上手く話せない姿、夜中にプロテインドリンクを飲みながら、暗い部屋で1人ポルノを観る姿には涙を禁じえなかった。
しかし、どうやらキリアンは自慰行為にまでは至っていない様子で、それは娼婦といざモーテルでSEXを前にした際の「やっぱりダメだ」として、行為に至らない描写にも象徴される。これは、過酷なトレーニングと薬物投与による勃起不全(ED)を患っているのだろうか。あるいは、女性経験のなさから来る、所謂“処女信仰”故に、娼婦という不特定多数の男性と行為を繰り返している職業女性に対する嫌悪感の発露だったのだろうか。
アンガーマネジメントが苦手で、度々凶暴性を発揮し、遂には塗装店へ襲撃を仕掛けてしまう。ジェシーとのデートに向かうシーン含め、気分を上げる為か、外界の音を遮断して閉じ籠もる為か、大音量で車内にメタルコアを掛ける姿も、彼の怒りと脆さが非常に良く表れている。
そんな塗装店への破壊行為の報復として、他でもないボディビル大会の当日に、店主達から襲撃を受けるというのは、自業自得ながらも哀れである。そして、怪我もお構いなしにボディビル会場へ向かい、ステージに立つ姿には、デイミアン・チャゼル監督の『セッション』(2014)を彷彿とさせられた。
そして、極め付けは、憧れのブラッド・ヴァンダーホーンとの邂逅である。キリアンにとって、彼からの連絡と邂逅は、神との邂逅にも等しいものだった事だろう。だからこそ、そんな存在が自身への憧れを餌にして性的な関係を求めて来た事に対する失望、実際に一夜を共にしてしまった後悔は計り知れない。いや、実際のところ、キリアンはブラッドがゲイ、もしくはバイセクシャルとして自分との肉体関係を求めて来た事より、彼が妻子ある「勝ち組」として存在していた事、自分との関係は遊びに過ぎなかったと悟った事に対する絶望だったのかもしれない。
そして、そんな絶望の淵に立たされ、極限まで追い詰められたキリアンは、ネットで購入した銃(ネットで銃が買えてしまうアメリカの銃社会ぶりが怖い)を手に、ブラッドという自身にとっての“神殺し”によって人々の記憶に残ろうとする。
【ラストの展開に見る、希望と恐怖】
自分の存在を世間に知らしめるべく、遂にキリアンはショーに参加するブラッドを射殺して、犯罪者として名を馳せる道を選択する。しかし、会場に潜入し、舞台袖にまで立ちながら、最後にキリアンは「夢を裏切らない」という決断をする。いや、「夢だけは裏切れなかった」とも言えるかもしれない。
そして、涙ながらに祖父であるウィリアムの待つ家へと帰り、彼の抱擁を受けて再び人生の軌道修正をする。銃を捨て、破り捨ててメチャクチャにした部屋も修繕し、壁の1番良い所に、自分のポージング姿をプリントした大きなポスターを飾る。
ブラッドへの執拗なファンレターも止める決意をし、彼に最後の1通をしたためる。そして、いつの日か人々から注目される夢を胸に、再び日常へと戻って行く。
このラストは、監督曰く「善悪の境界線の内側で、ギリギリ堪える姿を描きたかった」そうだ。本作と比較される『タクシードライバー』(1796)、そしてその影響を多分に受けた『ジョーカー』(2019)は、「一線を越えた」主人公達が、世間からの勘違いで英雄視されたり、大衆がフラストレーションを爆発させて共感するという結末を辿るが、本作では「一線を越えない」事の美徳に着地させたのだ。
とはいえ、一観客としては、何処かでキリアンが狂気の果てに銃乱射事件を起こす事(作中に彼の動画へのコメントにあった、非モテ男性によるコミュニティー“インセル”が実際に起こした銃乱射事件とも重なって)を期待してしまっていた部分もあり、このラストの展開に対する訴えには共感出来るものの、描き方にはもう一工夫欲しかった気がする。
そのもう一工夫とは、「夢と現実」の境界線を曖昧にするというものだ。作中、度々画面が暗転して場面転換されたり、ステージで倒れたキリアンが氷風呂の中で目を覚ますように、崩壊していく精神の中で、何が現実か分からなくなっていく精神疾患的描き方の方が、この後指摘する点含めて、よりエッジの効いた作品になったように思えるので。
このラスト、決して安易なハッピーエンドとは言いがたい。というのも、キリアンを取り巻く現状は何一つ「変わっていない」からである。脳腫瘍も肝不全のリスクも、ステロイドを辞めたところで積み重なった肉体への負債が消えたわけではないし、唯一自分を肯定してくれる祖父も、年齢的にいつまで生きているかは分からない。収入は途絶えており、新しい職と収入がすぐに手に入るかも分からない。些細なキッカケ一つで、彼は再び狂気に呑み込まれる可能性は十分にある。寧ろ、その可能性の方が遥かに高いのだ。
言わば、本作のラストは“表面張力のラスト”と言える。キリアンの姿は、水が溢れる直前のコップ状態に過ぎないのだ。
そして、その危険性はエンドクレジットのラストで不穏な音を奏でる音楽にも象徴されている。
あなたにはこのラスト、果たしてどう映っただろうか?
【総評】
ジョナサン・メジャースの圧巻の演技、一見した温かさの中に冷たい鋭さを持つラストの展開と、ボディビルダー版『タクシードライバー』や『ジョーカー』と言われるのも納得の一作であった。ただし、それらの作品が、主人公が人間的にも物語的にも「一線を越える」作品であるのに対して、「一線を越えない」選択をする本作は、その描き方にもう一工夫欲しかったのは間違いない。
"ジョーカー"と"ボディビルダー"の違い
①
笑いを抑えられないのが"ジョーカー"
怒りを抑えられないのが"ボディビルダー
②
父親に虐待されていたのが"ジョーカー"
父親が母親を殺して自殺したのが"ボディビルダー"
③
デートした気になってたのが"ジョーカー"
デートしてたら帰られたのが"ボディビルダー"
④
電車に乗ってたら3人組にボコボコにされたのが"ジョーカー"
車に乗ってたら以下同文が"ボディビルダー"
⑤
メンターにコケにされたのが"ジョーカー"
メンターと寝たのが"ボディビルダー"
⑥
いくとこまでいっちゃったのが"ジョーカー"
あと一歩のところで踏みとどまったのが"ボディビルダー"
⑦
結局最後まで孤独だったのが"ジョーカー"
祖父だけは味方でいてくれたのが"ボディビルダー"
破滅に向かって
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