「ネタニヤフの暗黒面に絶望しそうだが、本作の勇敢な告発が一筋の光」ネタニヤフ調書 汚職と戦争 高森郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)
ネタニヤフの暗黒面に絶望しそうだが、本作の勇敢な告発が一筋の光
首相や大統領などの一国の運営を主導する立場の権力者が、実業家や資産家から賄賂をもらう見返りに便宜を図ることは、少なくとも民主主義国家において当然あってはならないこと。だが現実には古今東西そんな腐敗の事例があふれており、ネタニヤフが汚職疑惑をかけられていること自体にさして驚きはない。
しかし現職の首相が刑事起訴され、警察の取り調べに受け答えをする姿を収めた内部映像がリークされて、ドキュメンタリー映画として世に出るというのは異例中の異例。しかもいまだにネタニヤフが権勢を保つ中、イスラエルの法執行機関が政権からの圧力に屈することなく真っ当に仕事をしていること、警察内部の協力者から映像を入手したドキュメンタリー製作チームが本作を発信したことに驚かされつつも、彼らの正義感と勇気に希望をもらえる思いがする。
取り調べの映像が実に生々しく、不都合な過去の事実を指摘されると「覚えていない」、関係者からの不利な証言を聞かされても「嘘だ、偽証だ」と否定するネタニヤフの表情と身振り手振りに目が釘付けになる。劇映画「アプレンティス ドナルド・トランプの創り方」でメンターのロイ・コーンが若きトランプに授けた成功の3か条のひとつ「非を認めるな、全部否定しろ」を思い出す。ロイ・コーンもユダヤ系だった。長い迫害の歴史をサヴァイヴしてきたユダヤ系の人々の間で受け継がれる金言のようなものがあるのだろうか。
ネタニヤフの鉄面皮ぶりもすごいが、その妻と息子がおごり高ぶり威張り散らす姿も強烈だ。ネタニヤフが息子を後継者にしたがったという話も紹介されるが、もしネタニヤフが在任中に命を落とすようなことがあれば、あの妻が弔い合戦と称して息子を次期首相候補に立てるか、あるいは自分自身が首相の座を狙うのでは。なにしろ真っ当な政権になれば、彼ら一家の不正を暴く捜査が一気に進展する可能性が高いのだから。
ネタニヤフがカタールを経由してハマスに資金提供していたという事実も、70~80年代のアフガン紛争時に米国CIAがイスラム系反政府武装勢力「ムジャヒディン」を支援していた史実を否応なく想起させる。米国が間接的にアルカーイダとウサマ・ビン・ラディンを育て、9.11後の対テロ戦争で当時のブッシュ政権は支持率を上げた。
ロシアの反体制派リーダーを追ったドキュメンタリー「ナワリヌイ」以来の、勇敢な力作に感銘を受けた。ナワリヌイは悲しいことにプーチンに消されてしまったが、「ネタニヤフ調書」製作に関わった勇気ある人たちはどうか無事でいてほしいし、本作がイスラエルの正常化の一助となることを切に願う。
