ペンギン・レッスンのレビュー・感想・評価
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ヘビーな時代背景ながらも笑いをたたえながら胸に沁みる作品
さぁ、愚かな人間はペンギンから学んでいこう!
思えば昨年(2025年)の一本目がチリの民主化運動を描く『私の想う国』だった。そして、本作を観ながら思い出していたのが、やはり昨年日本公開された70年代ブラジルの軍事政権の恐怖を描く『アイム・スティル・ヒア』だった。
70年代の南米諸国の軍事・独裁政権時代を描く作品が次々と制作されるのは間違いなく、2020年代の世界各地に、それを想起させるような現状があるからに他ならない。
平気で市民を拘束するような巨大国家権力を前に、一人の人間としてそれに抗うことができるのか?恐怖に慄きつつ、事なかれ主義を貫くのが一番安全だと思ったりしないか?それ以上に、付和雷同して政権に意を唱える者たちを攻撃したりし始めないだろうか?
実際、この国でも戦前・戦中に平和を希求して声を上げた者たちを憲兵隊が連行し拷問・虐殺したり、隣組が非国民だと糾弾したりした歴史があることを思い起こすべきであろう。
そんな中で勇気を振り絞って、たとえ本当に小さな一言であっても、声を上げられるのだろうか?
大人たちのそんな状況は当然子どもたちにも伝播する。異なる考えを持った家族の子どもたちが、親から聞きかじった話をもとに、イジメをしたりする。でも、そんな教室に生きたペンギンがやって来たら一体どうなるのか?思想など無関係に常に自然体の存在が、いったい何をいがみ合っていたのだろうと思わせてくれる。究極の愚行である戦争を含めて、大自然の前では人間どうしのいさかいなど本来はなんら意味を持たないのではないだろうか?
とっても良かった
ペンギンは、生きる情熱か小さな勇気か
※長文です
たまたま書店で見かけたペンギンの表紙の小説が映画になっていると知り、最近の映画のサイクルの早さにおののきながら打切り直前に見てきました。
自分のなかで咀嚼、言語化するのに時間がかかり、やっとの投稿です。
大きな社会問題のある時代、お国事情ながら、社会全体の緊張感はあくまで土台とし、学校、教育を中心に据えて、教師たち、生徒たち、使用人たち、軍人たち?、それぞれの立場、環境での心の揺れ動き、行動の変化を丁寧に描いています。
元は小説ですし、基本はファンタジーと考えてよいかと思います。(based ではなく、Inspiredとなってましたし)
きっかけ(トリガー)や展開の主軸はすべてペンギンなのですが、もちろん話すわけでもなく、いい意味で存在感が薄められ、そこがこの映画のキーになると感じました。
その場にいるのに、いないのかなと思わせるような画角やトーンのシーンもあり、ペンギンの解釈には悩みます。
主人公のもとにとどまって自国に連れて帰るまでの経緯も不思議の連続ですし。
ただ、外国映画ではよく描かれる、ふんや臭いなどの描写では、こちらもわずかな動物臭を味わい、リアルなのだという主張もされています。
主人公の職業、講義を踏まえて見ると、全編に「比喩」表現が多用されており、ほかにも何度か、靴が汚れるシーンやキーになる登場人物の好きな植物が描かれ、音も含めて描写が丁寧です。
地に足がついているのか、己の手足を汚してもがいているのか、自分の生きざまもすこし振り返りたくなりました。
イギリス人の主人公は、非英語圏で英語教師をしているのですが、とても魅力的ということもなく、心をすこし閉ざして平静さを保とうとしているように見えます。(薄目で世の中を見ているような?)
講義は、英語詩を読んでその解釈を求めるというような、けっこう高度な(生徒には退屈な)内容です。
かなり情勢が悪化している他国で教師をする、という働き方をどう捉えたらいいのか時代背景や文化の違いもちょっとわかりにくい部分でした。
そのことを出稼ぎのような、やや避難した言い方をしている人もいれば、同僚の教師も他国の人間だったりもします。
多様な国籍や人種や立場がミックスされた不安定な環境で、人々が考え、感じて生きる姿が描かれ、こちらもペンギンもしくは主人公のときどきの行動・変化に共感させられていきます。
カメラワークは滑らかでよどみがなく、ペンギンの身長?も上手に使って多様な視点を盛り込み、物語に力強く引き込みます。
ペンギン登場以降は、重要なイベントもそこまでの派手さはなく、変わらないテンポと色調で、日々の小さな変化を丁寧に描き、そこでの人の有り様、姿勢を見せていきます。
怖いことを認めること、そこをすこしだけ踏み越えてみることがテーマなのかなと感じました。
そのさきに目に見える結果があってもなくても、そうせざるを得ないときがあって、その過程で人生はどうとでも転がっていきます。
また、もしかするといくつになっても人は成長していけるかもしれないことを、程よい距離感でじわっと寄り添って見届けてくれるような、本当に素敵すぎる映画でした。
ペンギン以外でもペンギン抜きでも成立しそうですが、見る方の性別や年齢、心情、立場によってこの解釈は変わるのかなとも思います。
それぞれの存在や個性が強くありながら、虹のスペクトラムのように端々で混じり合う時間の有意義さ、だからこそ生きる価値はずっとあるのかもとやんわり思えました。
人にオススメしたいドラマの最上位になりました。
みんなのペングウェン!!
1976年、軍事政権下の不安定なアルゼンチンにて、英語教師が出会ったペンギンと共にレッスンする物語。
当時のアルゼンチン情勢を背景に、意外にもシリアスな雰囲気。しかしながら、そんな空気をペンギンが柔らかなものに(笑)とにかく逮捕だ…って、ここも実話なのかw?
そして生意気だった生徒達も、エサやりと引き換えにそんなに素直になるかねwそんな君達も可愛いけど。そして太った女になんか渡さないってかw
あと、今更ですがペンギンって英語でもそのままペングウェンって言うんですね。
いくつもの癒しと笑いポイントを提供してくれつつ、この難しい時代と登場人物たちの哀しい過去も相まって中々に深い作品だったし、最後は怒涛の泣かせラッシュ。
泳ぐフアンを見守る皆の笑顔…やっぱり動物の力は偉大ですね!
それと、フアンはケープペンギンかな?とても賢かったですね。ワタクシ個人的にはペンギンならジェンツーペンギンが大好きです。おじき姿がもうタマラン!!
あとは、種類によっては子ども時代の方が大きいのも面白くて可愛いですよね。
…と、話が逸れましたがやっぱり笑えて泣ける映画は最高だし、そこにフアンの癒しまで加わってとても良い作品だった。
悲しいけど幸せ
『フル・モンティ』監督作と知り鑑賞。主役のスティーブ・クーガンがイ...
『フル・モンティ』監督作と知り鑑賞。主役のスティーブ・クーガンがイケおじ。ペンギンを大げさに可愛がるでもなく、人間の相棒として接してるところに好感が持てた。「彼は私の友人でした」「悲しくて幸せだ」「オレより殴ったヤツの方が痛かったと思う」。
ペンギンは自分の心をうつす鏡
ペンギンは、自由への比喩か?
ペンギンが助けてくれたけど英語の授業は難しい
ウルグアイにペンギンいるのかぁと今更ながら認識しました。そして、ペンギンはあんなにも懐いてくるのね。
軍事政権のアルゼンチンはよくわからなかったけれど、政権批判しただけで連れ去られ暴行って、つくづく怖い世界です。銃声や爆発音が聞こえるのが日常では怖すぎる。そんな世の中には絶対に戻りたくない。
そして、学校の経理の人に給料で買った物を見せて交換?するシステムもよくわからなかった。単に変わった人がいる描写なのか、そういった政情なのか?
ペンギンは日常生活に溶け込むとこんなにも可愛いんですね。学校のみんなが好きになって、学校の規則とか法律とか言い出す人が皆無とは恐れ入ります。
当時のフィルムがカラーで鮮明に残っていて、驚きました。ペンギン、学校のプールでスイスイ泳いでいましたね。本当に懐かれて付いてきたのでしょうか。
英語の先生と言ってたけれど、授業の内容は英文学中心で結構難しい内容でした。もし、私がこの授業受けていたら質問に答えられない…と勝手に生徒の一員となり焦ってしまった。
ペンギンを擬人化していない演出がよかった
映画上映前の予告編を見て、鑑賞することに
予告編は半ば詐欺と言っていいほど、本編のストーリーが違っていて、まぁいい意味で裏切られた(笑)
冒頭の街並みのシーンで、今夏見たブラジル映画「I'm still here」を思い出した。都会の街角に、車がひしめく道路に、銃を持った兵隊がウロウロしている。ここも、兵士の気分次第で銃を向けられる日常が続いている国なのだ
英国出身の初老の男・ミッシェルは、アルゼンチンの金持ちの子弟向けの全寮制学校に新たに雇われた“でもしか英語教師”。悪い男ではなさそうだが、私語やいじめが横行する授業中でも、あまり気にしていない態度
ひょんなことから、重油事故で集団死していた中で奇跡的に生きていたペンギン一羽を学校の自室で飼うことになる…というのが発端
ペンギン(ピーター、もしくはフアン・サルバトール)を特に擬人化することなく、あくまでもペンギンとしてストーリーに絡んでいくのが良かった。ペンギンは人間からどんな打ち明け話をされても、きょんとした顔で見返すだけで、何もしない
犬猫ではないので、慰めてくれる訳でもないし、特別誰かに親愛の情を示す訳でもない
【以下ネタバレ】ーーーーーーーーーーーーーー
しかし雑然として落ち着きの無かったクラスが成長を見せ、毅然としていると思えた校長の意外な悩みを晒し、孫が連れ去られた学校の掃除婦の慰めにもなるし、もしかしたら孫が解放されたキッカケのひとつになったのかもしれない
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ラスト、思いがけない展開で泣いてしまった
これは実話をベースに作劇されていて、エンディングには学校のプールを泳ぐフアンの実際の姿がモノクロ動画で登場する
予告編で想起されるようなドタバタ学園コメディではないし、「I'm still…」のような政治弾圧と闘うようなストーリーでもない
ちょっとした素敵なキッカケで人と人とが通じ合うストーリーのそばにペンギンがいてくれた、現実にあった、ちょっとファンタジックなストーリー
ペンギン好きにもオススメ☆
(ペンギンを人間の部屋で飼うと臭くなるって…それって本当ですかね?)
ペンギンから教わる事があるよね…は比喩であって
実際のペンギンを用いた、英語教師との実話を基にした物語
【イントロダクション】
実在の英語教師トム・ミッシェルの回顧録『人生を変えてくれたペンギン 海辺で君を見つけた日』を原作に、1976年のアルゼンチンを舞台に、人生を諦めた英語教師とペンギンの出会いが起こす、実話に基づく小さな奇跡の物語。
主演は、『ロスト・キング 500年越しの運命』(2022)のスティーヴ・クーガン。監督に『フル・モンティ』(1997)のピーター・カッタネオ。脚本に『僕たちのラストステージ』(2018)のジェフ・ポープ。
【ストーリー】
1976年、軍事政権下のアルゼンチン。英語教師のイギリス人、トム・ミッシェル(スティーヴ・クーガン)は、混乱する社会情勢によりクーデターも日常茶飯事の中、名門寄宿学校セント・ジョージズ・カレッジに赴任してきた。校長のパクル(ジョナサン・プライス)は、寮内はペット禁止だと告げ、彼に英語教師の他にラグビー部の顧問を命じる。ミッシェルは家政婦のマリア(ヴィヴィアン・エル・ジャバー)や、彼女の孫娘ソフィア(アルフォンシーナ・カロシオ)と出会う。
ミッシェルが請け負ったクラスは、家柄は良くとも問題児の多いクラスであり、生徒の殆どが授業に集中せず、中でも内気なディエゴ(デイヴィッド・エレロ)はクラスメートからの虐めの標的にされてしまう。
ある日、都市部で軍事クーデターによる爆破事件が発生。全校生徒が1週間帰宅する事となり、ミッシェルは理科教師のタピオ(ビョルン・グスタフソン)と共に、ウルグアイへ旅行に出かける。別れた妻への未練たらたらのタピオに辟易しつつ、ミッシェルはダンスクラブでカリナという女性と出会い、彼女に好意を抱く。
翌朝、海辺を散歩していた2人は、重油漏れによって大量のペンギンが死んでいる現場に遭遇する。しかし、一羽だけは油まみれになりながらも辛うじて息をしていた。カリナの気を引きたいミッシェルは、ホテルの部屋でペンギンの油を洗い流し、綺麗にする。そして、いざカリナと行為に及ぼうとするが、彼女は既婚者であり、寸前のところで拒否されてしまう。カリナを見送り、ホテルのバスルームに残されたのは自分とペンギンのみ。
ミッシェルは海岸までペンギンを連れて行き、海に返してあげようとするが、当のペンギンは彼に懐いた様子で、放してもすぐに戻って来てしまう。
ホテルのチェックアウトの際、ペンギンを部屋に置き去りにしようとするが、財布を忘れて取りに戻った際、既に次の宿泊客が部屋におり、堪らずペンギンを連れてフロントまで行く。フロント係や駆け付けた警察に逮捕をチラつかせられ、ミッシェルは渋々ペンギンを連れて帰国する。
税関でもペンギンの持ち込みについて問われるが、やはり逮捕をチラつかせられ国内へ持ち込まざるを得なくなる。結局、ミッシェルはピーターと仮に名付けたこの雄ペンギンを、ペット禁止の宿舎へと連れ帰る事になった。
ペンギンを隠す生活が長続きするはずもなく、部屋の掃除に訪れたアリアとソフィアにバレてしまう。しかし、2人はペンギンを大層気に入り、ソフィアは彼に“フアン・サルバドール”と名付けた。
やがて、フアンは授業に集中しなかった生徒達やタピオも巻き込んで、学校内に次々と変化を齎していく。
【感想】
予告編やポスタービジュアルから、「ペンギンと教師の心温まる交流」と思って鑑賞した人も多い事だろう。しかし、それは半分正解で、半分間違いでもある。ペンギンのフアン・サルバドールという“癒し”こそ存在するが、本作は軍事政権下のアルゼンチンを舞台にしており、クーデターや逮捕が日常茶飯事の中で生活する人々と混乱する社会の様子は、社会派ドラマとしても優れている。通りで助けを求めて叫ぶソフィアの声に応えられず、彼女が連れ去られるのを黙って見てしまう周囲の人々も、ミッシェルの人間的な弱さも印象的。
ミッシェルのキャラクターが魅力的で、イギリス人らしい皮肉に富んだジョークと、有名な詩人の詩を引用して展開される授業がオシャレで、あんな授業ならペンギン抜きにしても受けてみたいものだが。新しく買ってきた靴を、ソフィアに「古くさい」と揶揄われたミッシェルが返した「流行は廃れるが、スタイルは滅びない」という、ココ・シャネルの名言(調べて知った)の引用もオシャレ。
また、台詞で言うと、本作は人生についてを考えさせられる印象的な台詞が幾つも登場する。
ミッシェルとのウルグアイ旅行への最中、タピオがバスの車内の人々を指して言った
「旅をする人は皆、それぞれに物語を持っている」
という台詞は、“旅に出る”という事は、人生において何かしらの苦境に立たされたり、自らの人生について見つめ直す心境に至ったり、あるいは未知へと飛び込もうとする好奇心であったりと、理由は人それぞれなれど、そこに至るまでにはそれぞれの“ドラマ”が積み重なっているはずであり、この台詞はその本質を的確に捉え、端的に表現していると感じた。
「人生は人を変える」
ミッシェルがソフィアに語るこの台詞は、「物事の積み重ねが“人生”として人を形作っていく」と考える私とは違い、「そもそも人は、人生という大きなうねりの中で、抗いようのない出来事を積み重ねて形作られるのだ」と語っているように感じられた。そして、それは教師として各国を回り、娘を失った喪失感を抱え、人生を諦めかけているミッシェルだからこそ辿り着いた境地だったのだろう。
「悲しくて幸せだ」
フアンを埋葬し、全校生徒と教師達の前でフアンとの歩みについてミッシェルが語る際に、彼はフアンとの出会いをこう表現する。しかし、この台詞は人生を諦めかけていたミッシェルにとって、とても前向きな台詞だろう。交通事故である日突然娘を失った喪失感と、生涯を全うして役割を終えて旅立ったフアンを失った喪失感とは、同じ喪失感でも似て非なるものだからだ。
もう一つ、フアンを埋葬するミッシェルにディエゴが語った、「ペンギンは生涯一羽しか伴侶を持たず、伴侶を失った後はずっと一人で生き続ける」という習性も興味深かった。ともすれば、「愛」の何たるかを知っているのは、我々人間より動物の方なのかもしれない。
ところで、気になるのは、ソフィアを拉致した当局の上司とカフェで対話する際、上司がミッシェルは自分の身の上話やフアンで同情を誘おうとしていると判断し、彼に立ち去るよう命じるが、これは、背後に部下達が控えているからこその体裁だったのだろうか。後にミッシェルは当局から拉致されるが、1日で釈放されているわけだし、迎えに来たタピオの言うように単に「運が良かった」だけなのであろうか。ラストで学園に帰されるソフィアも、あの上司が裏で手を回してくれたからなのだろうか。
だとすれば、それもまたフアンの起こした「小さな奇跡」なのだが。作中では裏で何があったのかは明かされないので、こうして推測するしかないのであるが。
【本物のペンギンを用いて撮影された、人と動物が織りなすリアルな癒しの空間】
一部シーンのロボットや人形(内容的に、重油塗れの姿や遺体のシーンだろう)を除いて、本作はペンギンのフアン・サルバドールの登場シーンの殆どを実際のペンギンを用いて撮影している。だからこそ、フアンが画面に現れる度に、そのキュートな魅力が作品を彩り、劇場内が温かい空気で満ち溢れる。
海辺でミッシェルの元に戻ってくる姿や、寄宿学校の廊下をペチペチと足音を立てて進んで行く後ろ姿は非常に癒された。
タピオやパクルの本音混じりの愚痴を聞かされる話し相手としての姿も愛らしい。物言わぬペンギンだからこそ、曝け出せる部分もあるのだろう。
そして、ラストでミッシェルが撮影した当時の映像に映る本物のフアンの姿。半世紀近くも前の、素人撮影・保管のフィルムが、あれほどの状態で残っていた事もまた、「小さな奇跡」と呼べるかもしれない。
【脚色の塩梅】
本作では、映画化に際して脚色された部分が多々ある。老齢に差し掛かったミッシェルは、実際には当時23歳の新米教師だった様子で、当然娘を事故で亡くしてもいない。映画のキーパーソンとなるソフィアも存在せず、本作の感動的なクライマックスの為に用意された人物である。
物語として成立させる上で、こうした脚色は決して珍しくはないが、本作においては、そうした脚色がやや「感動させよう」という製作側の思いが透けて見える“湿っぽさ”を含み過ぎていたようにも感じられる。
【総評】
ペンギンの愛らしさの裏で、軍事政権下の社会の混乱や軍事クーデターという“もう一つの事実”が描かれており、フアンの可愛さに癒されながらも、社会派ドラマとしてもしっかり成立している。映画化に際して脚色された部分が多々あり、美談として描かれ過ぎてしまっているきらいはあるが、優れた一作だと感じた。
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