cocoon ある夏の少女たちよりのレビュー・感想・評価
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夏の野の繁みに咲ける姫百合の…。オルタナジブリが描く少女たちの戦争。
ある南方の島を舞台に、戦火に晒された少女たちの過酷な運命を描いた戦争アニメ。
半年前に島へとやって来た少女、マユを演じるのは『デスノート』シリーズや『モテキ』シリーズの満島ひかり。
戦後80年の記念としてNHKで放送された、1時間程度のスペシャルアニメ。
地名や国名などはボヤかされているが、少女たちが勤務する「病院」とは名ばかりの洞窟や「自決」という結末など、明らかに沖縄戦で犠牲となった「ひめゆり学徒隊」を題材とした作品である。
制作を務めるのは新興のアニメスタジオ「ササユリ」。ここはスタジオジブリで辣腕を振るったアニメーター、舘野仁美さんが2017年に立ち上げた制作会社で、NHK関連で言えば東映動画をモチーフとした朝ドラ『なつぞら』(2019)の劇中アニメーション制作にも携わっている。
長編アニメを制作するのは本作が初めてだが、そこは舘野さんの人脈と言うべきか、山下明彦や大塚伸治、武重洋二といった元ジブリの天才達がスタッフとして参加しており、アニメーションのクオリティはテレビアニメの枠を大きく超えている。「何故これを劇場で公開しなかったのか?」と首を傾げたくなる程に贅沢な作品である。
原作は今日マチ子による漫画「cocoon」(2009-2010)。これは未読。
今日マチ子といえば柔らかくてガーリーな絵柄が持ち味の漫画家だが、正直なところこのアニメ版では彼女の作風は完全に殺されている。
『耳をすませば』(1995)や『コクリコ坂から』(2011)など、原作ガン無視で作品を自分色に染めてしまうのは本家ジブリの伝統芸であるあるが、オルタナジブリと言うべきササユリもその芸風を継承しており、今日マチ子の絵柄を馴染み深いジブリ風のキャラデザにコロナイズしてしまっている。この点において、原作ファンが本作をどう評価するのかは気になるところ。「映画と漫画は別ものだからOK👌」と好意的に受け取ってくれる観客だけではないと思うが…。
「島」という閉ざされた空間から出る事を許されず、外の世界を知らないまま大人達の都合で命を散らしてゆく少女たちは、さながら絹を取るため繭のまま煮られてしまう蚕の幼虫たちの様。
主人公2人の名前がサン(蚕)とマユ(繭)なのも、その後の展開の示唆となっている。マユの影に隠れる自信の無い少女サンと、そんな彼女に秘めた想いを抱えるマユは共依存的な関係で結ばれているが、やがて繭は破られ蚕はそこから巣立ってゆく。もっとも家畜化され生存能力を完全に失ったカイコガは飛ぶ事も食餌する事も出来ず、孵化から数日で命を落としてしまうのだが…。サンの戦後が明るい事を願う。
1時間というタイトなランタイムという事もあり、纏まりが良くダレる箇所もない。戦争描写もマイルドなので、描かれる内容のハードさとは対照的にするりと鑑賞する事が出来る。戦争アニメは観たいけど『火垂るの墓』(1988)や『この世界の片隅に』(2016)はちょっとヘビーで食指が動かん…という人に、この作品は最適かもしれない。
ただ、本作のマイルドさには「良くも悪くも」という修飾語を冠さなければならない。確かに観やすくはあるのだが、その反面沖縄戦の凄惨さはイマイチ伝わってこない。少女達が勤務した洞窟病院なんて、実際には衛生的にも物資的にも空間的にも地獄の様な環境だったはず。だのにこのアニメにはウジムシの一匹も出てこない訳で、流石にそれには不自然さを感じてしまう。
もしこれを高畑勲や片渕須直が監督していれば、徹底的なリサーチをした上でひめゆり学徒隊がいかに過酷な状況で兵士を看護していたかを描いていた事だろう。その点はやはり甘い。
また、南の岬を目指して逃げるサンが負傷兵に襲われるシーン。描写的には強姦された様にしか思えないのだが、彼女の衣服には乱れがほとんどみられなかった。うーん…ここは一体どう受け取れば良いのだろうか?視力を失った兵隊が何故あんな所に居たのかも謎だし…。
NHKアニメという制約上、あまりにも過激なシーンはNGだったのかも知れないが、それならこんなシーン入れなきゃいいし、そもそもその程度の心意気ならオキナワの映画を作るなよな、という事になってしまう。残酷さを描きたいなら容赦なく、無慈悲に、徹底的に。それが戦争をテーマに作品を作るという事なのだと思うのだが。
少女たちから流れる血を花に置き換えて描くという手法。これはどうやら原作には無い、映画オリジナルの要素らしい。
これもまぁ良し悪しで、確かに印象には残るが、ただ日和っただけなんじゃねぇの?という疑問が頭を掠めてしまうのも事実。そもそも、血を花で表現するというのは『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』(2021)が先にやっちゃってるしねぇ。「なんかここハーレイ・クインのあれみたいだなあ…」なんて観客に思わせちゃった時点で演出として負けでしょう。
マユの正体は実は…、というのが本作の驚きポイント。しかし、ここには驚きというよりも「それは流石に無理があるだろ」という困惑の気持ちの方が強い。四六時中同じ環境に詰め込まれているのに誰にも気付かれないなんて、そんなんあり!?
これは今日マチ子さんの抽象的なタッチであれば成立する仕掛けかもしれない。しかし、本作は先述した様にザ・ジブリなハッキリとしたキャラクターデザインなので、どうしたってそこに疑問を抱かざるを得ない。「お前男(女)だったのか!」というのは漫画/アニメのあるあるネタだが、リアリティに即した作品であればあるほど、その展開には違和感が生じてしまうのだなと、本作で確認させられました。
苦言が多くなってしまったが、戦後80年の節目の年にこう言った戦争を考えさせる作品が作られるのは喜ばしい事である。
アニメは子供が戦争を知る入り口になりやすいのだから、各テレビ局が率先してもっとどんどん作ったら良いのだ!
※近年、旧ジブリのアニメーターがオルタナジブリと言うべき作品をどんどん発表している。例えば『メアリと魔女の花』(2017)とか『鹿の王 ユナと約束の旅』(2021)とか『屋根裏のラジャー』(2023)とか…。来年には近藤勝也キャラクター原案による『パリに咲くエトワール』(2026)という映画も公開されるらしい。
思うのだが、宮崎/高畑以外がディレクションするジブリ風アニメは総じて古臭い。今作もクオリティは高いのだが、やはりどこか古さを感じてしまった。
『鬼滅の刃』(2019-)や『呪術廻戦』(2020-)などのケレン味で魅せるアニメで育ってきた子供達にとって、ジブリ風の王道アニメーションはどの様に映るのか。ジブリで育ってきた自分でも古く感じるのだから、彼らにとっては古臭すぎて観てられないんじゃないだろうか…などと、余計な心配をしてしまった。何にせよ、『鬼滅』の爆発的ブームによって、ジブリの魔法ももう解けかかっているのかも知れません。一抹の寂しさを感じます😢
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