「緻密で無駄のないシナリオは、セリフの一つ一つに重みがあって唸ってしまう」殺し屋のプロット Dr.Hawkさんの映画レビュー(感想・評価)
緻密で無駄のないシナリオは、セリフの一つ一つに重みがあって唸ってしまう
2025.12.10 字幕 アップリンク京都
2023年のアメリカ映画(115分、G)
認知機能が低下してきた殺し屋のある計画を描いたクライムミステリー
監督はマイケル・キートン
脚本はグレゴリー・ポイリアー
原題は『Knox goes away』で「ノックスは去っていく」という意味
物語の舞台は、アメリカのロサンゼルス
殺し屋として暗躍してきた元軍人のジョン・ノックス(マイケル・キートン)は、相棒のマンシー(レイ・マッキノン)とともにある仕事の準備に入っていた
だが、ジョンには気掛かりなことがあり、仕事が控えているのにも関わらず、サンフランシスコの医師バーンズ(ポール・ペッリ)のもとで検査を行なっていた
その結果は、クロイツフェルト・ヤコブ病に罹患しているというもので、これは急速に全身の付随運動が進行する認知症の変性疾患であり、普通に動けるのは数週間と言われてしまう
その後、マンシーとともに任務を遂行することになったのだが、ジョンは誤ってマンシーを撃ち殺してしまう
彼はこれ以上続けることは無理だと感じ、自身の財産を整理し、別居中の妻ルビー(マーシャ・ゲイ・ハーデン)や息子のマイルズ(ジェームス・マースデン)たちに遺産を分割する計画を立てた
そして、親友の資金洗浄のプロ・ファイロ(デニス・ドーガン)に任せることになった
だが、そんな彼のところにマイルズがやってきて、事態は一変してしまう
それは、マイルズが娘ケイリー(モーガン・バスティン)を妊娠させたアンドリュー(チャールズ・ビセット)を殺害してしまったというもので、彼は殺し屋である父を頼ってきたのである
映画は、マンシー殺害とマイルズの殺人事件が交錯する中で、ジョンのある計画が進行していく様子が描かれていく
マンシーの件は「同じ銃で3人が殺されていた」ことが決定的な状況証拠となっていて、マンシーと相棒であると認識されているジョンは任意の聴取を受けることになった
2つの事件を担当するのはロス市警の刑事エミリー(スージー・ナカムラ)で、相棒のレイル(ジョン・フーゲナッカー)とともに念入りな捜査を始めていく
アンドリューとケイシーの関係に行き着いたエミリーたちは、マイルズを任意の聴取をしながらも、家宅捜索を進めていく
そして、彼の家から被害者の血のついた服や凶器などが見つかってしまい、マイルズは逮捕されてしまった
彼は父親を頼っても逃げ切れなかったのだが、この一連の逮捕劇には裏があったのである
物語は、兵役期間中に哲学書を愛読していたことから「アリストテレス」というあだ名をつけられていたことが描かれ、それがコールガールのアニー(ヨアンナ・クリーク)との関係で使われる名前となっていた
彼女は4年間もの間、毎週木曜日に彼の自宅を訪れていて、映画は「木曜日が起点となって数週間を描いていく」という流れになっていた
そこから、徐々に薄れていく認知機能とその変化の中で、ジョンは親友のゼイヴィア(アル・パチーノ)を頼りながら計画を実行していった
そして、わざとマイルズを逮捕させ、そこから証拠の分析に至る中で、彼がハメられていたという流れへと向かっていく
さらに、それを仕組んだのがジョンであるとわかるように仕向けていくのだが、この最終段階に至るための前置きというものもきちんと描かれていた
映画では、警察はかなり有能として描かれていて、エミリーの洞察力から、ロス市警の分析力の高さなどが浮き彫りになっていく
さらにマイルズの前で一芝居を打ったことが決定機となるのだが、これに関してはエミリーは嘘だとわかっていながらも突き崩すことはできないと悟っていた
それは、ジョンがすでに病状の進行によって事情聴取ができないレベルになっていて、マイルズの嘘を突き崩すことができないことがわかっているからであろう
本作では、証拠というものがうまく機能していて、最たるものが「防犯カメラの時間をわざと変えずに改竄を思わせる仕掛けを行ったこと」だと言える
これによって、実際の犯行時刻の曖昧さが生まれていて、さらにこのカラクリは「マイルズを一度逮捕させてから不起訴へと持っていく流れ」と付随している
いわゆる不起訴案件による再逮捕のハードルの難しさというものを利用していたと言えるのだろう
カリフォルニア州では「証拠不十分からの起訴取り下げ後でも、新証拠や供述によって再起訴がなされる」のだが、あの状況では「新証拠(メモは焼却されている)」は見つからないし、「供述(ジョンの認知症進行)」も確かなものは得られないだろう
エミリーはそれらを全て理解しているのだが、これは彼女の母親が同じように認知症になっていたことに由来する
劇中にて、母親の件で施設に入るための手続きがうまくいっていない旨が示され、バーンズ医師と聞いてジョンの病状を理解し、ラストでは母親に寄り添うシーンで結ばれていた
これらを踏まえた上で、ゼイヴィアの放つ「お前なら俺の訓練の意味を理解できると思った」というセリフとリンクしているので、ある意味において、エミリーが有能すぎるゆえに計画がうまく行ったとも言える
本作では、言葉の端々にいろんなヒントが現れていて、無駄なものが一つもない
エミリーの有能さとレイルとの関係性などもさらっと入れ込んでいたので、そう言った本線に関係なさそうなところまで意味が宿っているのはすごいと思った
いずれにせよ、邦題はいつものアレだが、そこまでおかしくないので許せるような気がする
とは言え、原題の方が奥深い意味があって哲学的でもあるので、もう少し考えが及んでも良かったと言えるだろう
直訳すると「ノックスは去っていく」という意味になるが、これは認知症によって彼の意識が消えていくことも示唆していると思う
そう言った意味において、隅々まで隙のない映画だなあ、と思った
