手に魂を込め、歩いてみれば : 映画評論・批評
2025年12月9日更新
2025年12月5日よりヒューマントラストシネマ渋谷ほかにてロードショー
普通の「カメラ女子」が「戦場カメラマン」に転身。ガザの詩情を感じる写真が見どころ
本編が始まってしばらくの間、映っているのはスマホの画面のみ。エジプトにいる本作の監督(画面のこちら側)と、ガザ在住の女子ファトマ(画面の中)が会話しているフッテージがひたすら続きます。
「マジか? この映像クオリティで長編映画が成立するのか?」とかなり不安を覚えますが、そこは「ガザ案件」の強みが勝ります。「天井のない監獄」と言われるガザのヴィヴィッドな実態を、屈託のない笑顔で語る24歳のファトマが、諦観とも開き直りとも解釈できる言葉で裏付けます。「私たちには強みがあるの。失う物は何もないって強みがね」

(C)Sepideh Farsi Reves d'Eau Producitons
「忙中閑あり」という言葉を思い出します。この映画では、ファトマの表情が「戦地にも笑顔あり」という趣で、見る者を少しだけ安心させてくれます。しかし、ファトマが暮らすのは空爆の止まない街、ガザ。彼女の表情以外は、残酷なまでに破壊されてしまった街の姿があるのみです。
本編に挿入されるスチル写真(静止画像)は、ファトマが一眼レフで撮影したものが中心です。そして、その写真一枚一枚のクオリティが非常に高いことに驚かされます。詩情を感じさせる戦争写真の数々。正直、写真展が開催できるレベルだと感じました(実際に、日本で写真展が開催されるようです)。
そして「ずっとガザに留まるのか?」という問いに対して、彼女は「ガザを離れたいけど、今、ガザには私が必要だと思う。この状況を世界に伝える必要がある」と覚悟を語るのです。普通の「カメラ女子」なのに、「戦場カメラマン」としての使命を自身に課すというファトマの壮絶な決意には、畏怖の念すら感じてしまいます。この映画の題名は、このファトマの覚悟が由来ということでしょう。
とにかく、本編が始まってからエンドロールまでずっと、胸を締め付けられるような思いで見続けました。
そんな緊張感溢れるドキュメンタリーにあって、映画ファンをニヤリとさせるシークエンスがありました。ファトマが、過去に見た映画の印象的な台詞を語るシーン。「ショーシャンクの空に」で「希望を持つのは危険だ」というモーガン・フリーマンの台詞について、セピデ・ファルシ監督に語るのです。ガザのような最悪の戦地にいて、「希望を持つのは危険な考えだ」という意図で使ったのだと思います。しかしファルシ監督は、「私はその映画を見ていない」と応えています。
おいおい、映画監督なら「ショーシャンクの空に」ぐらい見ておこうよ!って全員が突っ込むところでしょう。そして、ファトマの好きな映画についてもっとたくさん知りたかったという感情もまた込み上げる、印象的なシーンでした。
(駒井尚文)
