「苛立つ鬱と、刹那見る夢」ダンサー・イン・ザ・ダーク 梅さんの映画レビュー(感想・評価)
苛立つ鬱と、刹那見る夢
たまらなく暗く鬱。
盲目の主人公は心根すら弱者で、降りかかる火の粉を払いのける姿勢も見せない。
しかも人に頼るというある種の勇気も見せない彼女は傲慢にさえ感じる。
観ている内にもどかしさが募り、主人公への苛立ちが募っていくだろう。
守るべきものがいるのに、戦いもせずひたすら落ちていく彼女。
その彼女が現実逃避で描く夢がミュージカルとして度々登場するのだが
吐き気がするほど暗く、腹が立つほど弱い姿をたんまりと見せられ続けるからこそ
このミュージカルシーンの輝きは強烈で胸を打つ。
それぞれたった数分の場面だが
盲目の彼女の力強い歌声だけが、この映画では光であり唯一の救いになっている。
だが、すぐさま妄想の光は途切れ現実に戻されると
変わらず救いは見あたらず、救いの手が見えかけても弱さに囚われている彼女は自らの手を伸ばしもしない。
そして、観客である自分は当然何も出来ないまま
うなだれたくなるほどのラストシーンに連れていかれる。
なぜこんな結末を見させられねばならないのか。
救われるチャンスも幾度かあったのに、なぜこうなってしまったのか。
あれほど夢で力強くなれるなら、もっと何かできただろうに。
そういうやりきれなさに覆われる。
しかし思えば、世の中そんな事ばかりで
自分も同じ穴のムジナ。
救いとは何か。
求めるものか、掴むものか。
願いも虚しく散ったラストに押し寄せる腹立たしい無力感。
救われるのも救うのも願うだけでは駄目だと痛感。
ようは反面教師、落ちる前に全力でもがこうぜ。そういう映画だ。
価値観の多様さを知っている人ならば、彼女は弱いどころか最強だと気づくはずですよ。あれほどの恐怖の中でも、絶対に自分の決めたことを曲げないんですから。
そういった意味で、傲慢というのには同意です。