「“その時”は突然いつ起きても絵空事ではない」ハウス・オブ・ダイナマイト 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
“その時”は突然いつ起きても絵空事ではない
北朝鮮から日本近辺に向けて初めて長距離弾道ミサイルが発射されたのはいつだったか。
あの時は恥ずかしいくらいパニックになったが、以後もしつこいくらいミサイル発射は続き、今ではニュース速報は流れるが、誰も騒がなくなった。
何だ、またか。どうせまた日本近海に落ちる。…
北朝鮮がどんなに油断ならぬ国とは言え、確かに今日本を攻撃する意味は無い。何のメリットも無く、ただ世界中を(特にアメリカを)敵に回すデメリットでしかないからだ。
“そんな事”は現実的にあり得ない。
しかし、そうだと誰が決めた…?
いつ突然、その時が来るか、それは誰にも分からない。
本作は日本にとっても通じるものがあるシミュレーション・ムービーなのである。
突如アメリカ本土に向けて核ミサイルが発射…!
何処の国か不明。着弾まで20分も無い。着弾したら被害は甚大。
未曾有の危機に追われるホワイトハウス、軍、大統領…。
骨太なポリティカル・サスペンス。監督を務めるのはこの女性(ひと)。
『ハート・ロッカー』『ゼロ・ダーク・サーティ』『デトロイト』…。キャスリン・ビグローが期待に応えるカムバック!
何か予兆があって緊迫状態が続き、遂に発射されたミサイル。スリルとカタルシス盛り上がるクライマックス!…というのではなく、
開幕して早々。いつもと同じ変わらぬ一日が始まった…筈だった。
“それ”を突然レーダーが感知。
最初は何かの間違い…? 演習…?
誰だって普通はそう思う。
しかし、“いつもと同じ変わらぬ一日”でも“普通”でもなかった。
“それ”は間違いないものだった。
幾つか思い当たるが、何処の国か不明。
目的も不明。誤射…? 威嚇…? 攻撃…? 戦争…?
見えざる/分からぬ脅威。
着弾まで20分も無い。そんな猶予も無いものなのか…?
そうなのかもしれない。ミサイルは超速で飛ぶ。何処から発射されたか分からず、気付いた時はもう狙われている。いや、手遅れ。
発射ボタンが押されれば時間など無い。あっという間に…。
これがリアル。我々が知らぬミサイル攻撃の世界。
ウクライナの人々は絶えずこの脅威に晒されている。
見る者を突然脅威とスリルに落とし込む。
キャスリン・ビグローの演出は8年ぶりでも微塵も柔らかくなっていない。さすがは硬派な姐さん!
突然のミサイル発射、危機と着弾まで。
リアルタイム群像劇にはもってこいだが、これを一本の流れとして描かないのが思わぬ変化球。
ホワイトハウス対策部、軍関係者及び専門家、そして大統領。時をそれぞれ遡り3つの視点から描く。
ホワイトハウスの地下にある“シチュエーション・ルーム”。
有事に対し危機管理や対策を行う施設だが、そんな所があるとは…!
ここで指揮を執る海軍大佐のオリヴィア。指示は的確で部下ともコミュニケーション取れ、家庭では良妻賢母。体調芳しくない息子が気掛かり。
突然の脅威。対処、対応、対策を担う。
脅威に直面しながらも冷静さを失わず、でも内心は家族の事を心配し、この脅威に尽力する…。レベッカ・ファーガソンがタフに熱演。
シチュエーション・ルームから連絡を受けた国防長官。各所からの報告を受け、こちらも対応に追われる。
一方、国家安全保障問題担当大統領副補佐官。暴挙をしでかした国を推測。ロシア…? 北朝鮮…?
韓国系の北朝鮮担当官と連絡を取る。ロシア外相と応対する。攻撃出来る装備は持ち、疑わしき点もあるが、決定的攻撃の理由は無い。
オリヴィア視点ではシチュエーション・ルーム内での情報収集や状況変化。長官や副補佐官視点ではさらに前線の対応や各国との駆け引き。大統領視点では、ある決断迫られる…。
バスケ強豪校の子供たちの試合中に報告を受けた大統領。SPに誘導されすぐさま移動。電話などを介し各所とやり取り。
ミサイル着弾地はシカゴ。被害はもう免れない。
大統領に求められるのはその後。“敵国”の様子を窺うか、“敵国”を特定し報復か。
アメリカや国民が攻撃された。反撃しなければ国民は納得しない。しかし、こちらが報復すれば“敵国”もまた…。核による終末戦争が現実のものになる…。
担当官から連絡受けた北朝鮮の動向やロシア外相との話から、副補佐官は大統領に報復しないよう訴える。
こんな決断迫られるとは…。大統領は…。イドリス・エルバが熱演と共に苦悩を体現。
某独裁者なら迷わず報復するんだろうけど。
着弾直前まで話が進んだ所で、時間を遡って別エピソードに。
当初は戸惑うが、各々の視点で描く事によって緊迫した状況やスリリングな対応や苦悩を畳み掛ける。
ミサイルで迎撃。だが…。ミサイルにミサイルで迎撃するのは、弾丸を弾丸で打ち返すのと等しい。大金で備えた防衛策の成功率は61%…! そんなに低いのかと驚くが、その難しさを何かで聞いた事がある。
オリヴィアと話している途中、長官と連絡が途絶え…。長官視点でまさかあんな事になっていたとは…! 各やり取りも繋がり、伏線回収も見事。脚本と編集の妙。
怪しきは北朝鮮…? ロシア…? 現実感たっぷりのリアリティーも追及。
人によっては期待外れもあるかもしれない。
別視点とは言え同じシチュエーションの繰り返し。
着弾したその後は…? そもそも着弾シーンは描かれない。
ラストシーン。決断やその後は描かれず、急に終わる尻切れトンボ感も否めない。
本作が単純なエンターテイメントだったら物足りないだろう。見せ場となる爆発シーンやパニックは欲しいし、敵国の正体や目的、大統領の決断や各々の動向など最後まで見せて欲しい所。
だけど本作はそんな単純な作品ではない。
その時、あなたならどうするか…? 世界はどうなるか…?
明確な答えや結果は無いに等しい。
我々は核ミサイル一発で崩壊する危うい世界に住んでいる。タイトル通りの“ハウス・オブ・ダイナマイト(ダイナマイトの家)”。
見る者に、我々に、世界に、問う。
“その時”…。
遠い未来かもしれない。
近い将来かもしれない。
明日かもしれない。
今かもしれない。
“その時”は突然いつ起きても絵空事ではない。

