「ワンシーン・ワンカットのマイナス面が出てしまったとしか思えない」三谷幸喜「おい、太宰」劇場版 tomatoさんの映画レビュー(感想・評価)
ワンシーン・ワンカットのマイナス面が出てしまったとしか思えない
全編、ワンシーン・ワンカットという「作り」だが、感覚的には、一幕物の演劇を観ているようで、それだけでも、三谷幸喜の脚本との親和性の良さが感じられる。しかも、この手法では、緊張感が持続するため、観ている方も結構疲れるのだが、ここでは、主人公がトンネルを通り抜けるたびに舞台が切り替わる(おそらく、撮影時も、ここでカットがかかっているのだろう)ので、ひと息つくことができ、随分と観やすくなっている。
たたし、内容的には、タイムスリップした主人公が、「過去に干渉して、歴史を変えてはいけない」と分かっていながら、どうして、あれだけ積極的に太宰治たちに関わろうとするのか、その理由が、よく分からない。
いくら、昔から、太宰と心中したカフェの女給を美しいと思っていたからといって、会ったばかりのその女性のために、現在の妻や子供を捨てて、昭和5年に留まろうとするだろうか?しかも、そうすることによって、敬愛してやまない太宰治が、作家としてデビューしなくなってしまうおそれがあるというのにである。
同様に、太宰と心中することを嬉しく思っていたはずの女給が、主人公と生きて行くことに同意するという「心変わり」にも納得できないし、主人公の妻が、いきなり太宰と入水自殺しようとすることにも、唐突感を覚えざるを得なかった。
登場人物たちが、そういう生き方を選択するに至った過去の経緯なり背景なりが、事前に説明されていたならば、それぞれの行動にも説得力が生まれたのであろうが、このような「作り」では、そうした説明は極めて困難であるに違いない。
一発勝負の面白さが味わえるワンシーン・ワンカットの手法だが、ここでは、過去の描写や回想シーンを挿入することが難しいというマイナス面が強く出てしまったとしか思えない。
映画版で観ることのできるアナザー・バージョンのラストにしても、ロケ地の全容が分かるのは面白いものの、どうせなら、「過去から現在に帰ってきたら、歴史が変わっていた」という、タイムスリップものならではのオチが欲しかったと、少し残念に思ってしまった。