劇場公開日 2025年10月3日

「いつものPTA節にのせて家族の情があふれ出す」ワン・バトル・アフター・アナザー いたりきたりさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0 いつものPTA節にのせて家族の情があふれ出す

2025年10月14日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

ポール・トーマス・アンダーソンがIMAX? 製作費1億3千万ドルのアクション大作? そんな前評判にいささか戸惑いながら、いざ観てみるといつものPTA節だった。
過去作を引き合いに出すと、混沌キテレツな『インヒアレント・ヴァイス』を希釈して、そこへ『パンチドランク・ラブ』のじわじわくる可笑しさをまぶして仕上げた——そんな印象だ。ただ、いつもと比べて当たりが良く、ある意味だいぶ分かりやすい。

とはいっても、過去のPTA作品とは明らかに「異なる要素」も目につく。そのひとつは冒頭にも挙げたIMAXフォーマットの採用だ。ズバリ、このタテ方向にぐんと伸びた巨大スクリーンは、クライマックスのカーチェイスで「高低差のスリル」を存分に堪能するためにこそある。その他のシーンではIMAXが映えそうな描写などを過度に期待してはならない。むしろ巨大画面でロベール・ブレッソン作品を見たりするとおそらく感じるような、一種の「ズレ/違和感」を愉しむ。そのくらいのキモチで鑑賞するのがふさわしいかも。
(ちなみに、本作の6つの異なる上映フォーマットを比較検証した本国リポートというのがあり、そこでは「フォーマットが違えば鑑賞体験も大きく異なるが、最終的にそれはあまり重要ではない」と結論づけていた。)

さて、もう一つの「異なる要素」は、莫大なギャラで主演に迎えられたレオナルド・ディカプリオの存在である。そして本作は、ハリウッドスターならではの輝きと不遜さをにじませる彼の「へっぽこぶり」をとことん愉しむ作品ともなっている。これがホアキン・フェニックスだと逆にハマリ過ぎて面白さも半減するだろう。
ただし、その役どころからすれば、『ビッグ・リボウスキ』でジェフ・ブリッジスが体現していた「いかにもアメリカンなユルさ」なども感じさせてほしかった気はする。

さらにもう一つ「異なる要素」として、この映画が、過去作では久しく取り上げてこなかった「現代もの」であることも、ここに加えておきたい。ただし、冒頭からまるで70年代にタイムスリップしたかのような革命グループの描写がしばらく続くのには、少々面食らったが…。しかしそう感じたのは、少し前にポール・シュレイダー監督作『テロリズムの夜 パティ・ハースト誘拐事件』を観たこととも関係あるかもしれない。

いずれにせよアンダーソン監督は、極左の地下革命グループ/移民税関捜査局/白人至上主義の秘密結社/不法移民たちを匿う地元集団…と三つ巴、いや四つ巴の闘争劇を、「現代の寓話」としてシンプルに描いてみせる。要所要所にユーモアも挟んで、長尺を決してダレさせない。

そして、本作は一種の寓話としての闘争劇である一方、ぎくしゃくした父娘が良好な関係に至るまでの物語だともいえる。そこにはウェス・アンダーソン監督最新作の『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』にも通じるモノが感じ取れる。両作品とも、直線的な話の運び方や同一俳優の起用(ベニチオ・デル・トロ)にとどまらず、いつにもまして家族の情が満ち溢れていると見たのは、うがち過ぎだろうか。ポール・トーマス・アンダーソン(1970年生まれ)とウェス・アンダーソン(1969年生まれ)——この対照的な作風のふたりが最新作でみせた偶然かつ奇妙な符合ではある。

と、ここで、ジョニー・グリーンウッドによる映画音楽が本作に絶大な効果を及ぼしていることも、ぜひ強調しておきたい。ときにはモタつく映像を音楽がぐいぐい牽引してゆくほどだ。グリーンウッドにとってもこれは代表作の一本となるだろう。またもや引き合いに出すと、『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』ではアレクサンドル・デスプラの緻密な音楽設計が圧巻だったので、その点でも本作とは相通じているといえるだろう。

映画は、幼子を棄てて国外逃亡した母親がヒロイックに再登板することもなく、母から子へ宛てた手紙の朗読とともにシンプルに終わってゆく。その手紙の行間からは、共に経験してきた「戦場」の硝煙の匂いが立ち昇るかのようだ。そう、ココには親子というよりむしろ同志のような親愛の情がにじむ。ともかく困った母と父だが、それもこれも呑み込んで余情ただよう見事な幕切れだった。

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いたりきたり
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