「優しい世界」ミーツ・ザ・ワールド LukeRacewalkerさんの映画レビュー(感想・評価)
優しい世界
杉咲花の最新作。
先日『愚か者の身分』を観たばかりだったので「また歌舞伎町モノかよ」と思いつつ、今年は『片思い世界』以来の杉咲花だなぁと、例によって何も事前情報を得ずにユーロスペースに足を運んだ。
結果、予想を大きく裏切って深く心に沁みる一作だった。
金原ひとみの小説が原作とのことだが、当方、この作品はもちろん金原の著作は読んだことがない。
しかしこの映画を観て、原作を読んでみたいとさえ思った。
ストーリーそのものは作品紹介ページを参照願いたい。
先に残念な点を挙げるが、杉崎の腐女子系の用語や「自分の推しを語る時に早口になる」というシーンで台詞が聴き取れないところが散見される。
しかし、そういうノリだ、ということだけわかっていれば、あまり気にならない。
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腐女子とかキャバ嬢とか歌舞伎町とかゲイのバーマスターとか、こんにちではその設定を聞いただけでステロタイプな予断を自動的に惹き起こしがちだろう。
けれどこの作品はそんな予断を、良い意味でことごとく裏切ってくれた。
登場人物たちの言動と、その行く末の「ものがたり」に予定調和がない。さりとて不誠実な飛躍や辻褄合わせもない。
原作の素性が良いのもあるのだろうが、脚本と演出が優れているように思えるし、それに役者たちが見事な演技で応えている。
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そして、やっぱり杉崎は上手い。
出演作をすべてを観ているわけではないけれど、『湯を沸かすほど熱い愛』で驚嘆し、『市子』で打ちのめされ、『片思い世界』で「参りました」と頭を垂れた。(途中『52ヘルツのクジラたち』はイマイチだったが・・・あれは彼女の責任ではない)
今回も、この世代では一頭地抜きん出る演技を見せる。
また、もちろん杉崎一人が創出している空間ではない。
決して派手な演技も台詞もないが、キャバ嬢ライ役の南琴奈の極めて個性的な空気感、存在感が「本当に、この人以外のキャスティングは考えられなかっただろう」と思える。
そして一見ウザ男に思えたホスト、アサヒ(板垣李光人)、バーマスターのオシン(渋川清彦)、バーの常連の作家ユキ(蒼井優)といったキャラたちの個性が際立っていつつもバランスが取れているし、何より本当にみんな優しいのだ。
なんだろう、この優しさは。
いわく言い難いが、単に「優しい」のではなく、それぞれに苦渋と涙を蒸留したような、きちんと距離を取った優しい空気を纏っている。
この眼差しが原作者金原ひとみのものなのだろう。
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特筆すべきシーンがある。
すでに大女優の風格を持つ蒼井が、バーで悩み嘆く杉崎に自分の人生を語る数分は珠玉である。世代は違えども、この実力派の二人の共演は凄すぎる。
このシーンだけでも観に行った甲斐があった。
また他のシーンも含めて、蒼井は自分の台詞がないショットで写り込んでいる時の微妙な表情や所作で、ものすごい演技をしていて舌を巻いた。
蒼井を観るためだけにもう1回観に行っても良いかもしれない。
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観終わってみれば、金原が創出する物語とその映像化が醸す独特の浮遊感というか漂流感に、自分もゆっくりとたゆたっている。
人生に何も確たるものなどない、という感慨を改めつつも、しかしそれは不安定で不安なことではない、と教えてくれている。
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