劇場公開日 2025年11月14日

「共感の困難と大切さを描くリアリズムファンタジー(!?)の傑作」君の顔では泣けない nontaさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5 共感の困難と大切さを描くリアリズムファンタジー(!?)の傑作

2025年11月17日
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鑑賞方法:映画館

心と体が入れ替わり、別の人の人生を生きる「入れ替わりもの」のファンタジードラマだ。まず思い出すのは大林宣彦監督の「転校生」(1982)。他にも「フォチュン・クッキー」や東野圭吾原作の「秘密」なども同ジャンルだろう(最近の映画では「パパとムスメの7日間」「君の名は。」などもあるけれど、僕は未見だ)。
定番ジャンルの中でも、本作は異色の仕上がりであり、新たな達成を成し遂げた傑作だと思う。まずは原作の力が大きいのであろうし、同時に監督の脚色・演出にも非凡な力量と志の高さを感じさせられた。たまたま時間があったので見たのだけれど、若い人向けの恋愛ファンタジー映画だと思って、見逃してしまったらもったいなかった。

異色と感じたのは、演出やエピソードの数々が徹底してリアリズム寄りであることだ。
「入れ替わりもの」は、荒唐無稽なif設定が面白さの原点だ。だから「転校生」はあり得ない状況が次々起きるドタバタ喜劇として楽しいし、「秘密」はその悲劇性が高まった。それによって男女の絆は高まり、切ないラブストーリーとして完成した。
一方本作は、出発点は非現実なのに、そこから先の物語は「実際に入れ替わったら、こうなるかもしれないな」と感じる現実感に満ちている。「自分がこうなったら、どうするだろうか?」といちいち考えさせられる。物語は、何度もifを発し、その答え合わせを、時間軸を行ったり来たりして見せてくれる。

主演の4人も、とても抑制された演技で素晴らしかった。大きな声で叫んだり、泣いたり、顔芸のような日本映画の感情表現が、嫌いなこともあるけれど、彼らが現実の若者と重なって見えて、とても好ましかった。
さらに、音楽もかかっていたのか思い出せないほどだ。だから、家から追い出されて、自分の背後でガチっと鍵がかけられる音など、生活音がはっきり聴こえて、それがまた「もし自分が主人公だったら」という思いを強くさせてくれる。あるいは、主人公が呆然する場面でも、無音のまま、ただ動きも音もない時間を撮影し、こちらも呆然とさせてくれる。

そのリアリズムこそが、本作を傑作へと高めた最大の理由だと思う。
また、それによって本作は、私たちの社会の基礎となっている「個人の尊重」「平等・公正」を標榜する自由主義(リベラリズム)の原点を問い直す作品になっていると感じた。

自由な社会を実現する基礎は「他人の気持ちになって考える」「相手の立場になってみる」ことにある。それによって弱者を尊重する公正な正義も、道徳も作られて、自由が保障されるのだ。
「入れ替わり」は、「相手の立場になって考える」の究極の形だ。そして、本作は、その大切さと困難をリアルに徹底的に何度も示してくれる。

相手の立場になって、相手が理解できた! 共感し、深い絆が生まれた!!
本作では簡単にそうはならない。
「相手の立場」なっても、意識は自分自身のままだ。相手の気持ちは分からないし、自分の気持ちも分かってもらえないーー「共感は不可能だ」という絶望的な事実を何度も突きつける。だからこそ、対話を継続して、その不可能の溝を埋める努力を続けるしか道はないことも、本作は表現している。

リベラリズムなどと大げさな言葉を持ち出したのは、近年かなり揺らいでいるからだ。「私の気持ちはないがしろにされている」「社会に公正さはない」という分断が世界に広がり、日本にもその波は来ている。
本作は、もう一度、共感=相手の立場になってみるとはどういうことか。それはいかに困難か、それでも続けるべきことかを伝えている。

男子の陸に比べて、女子のまなみの方が、共感力やコミュニケーション能力に優れている。だから、まなみは陸くんのうまくいっていない家族に入り込み、そこに温かい関係性を築き上げる。
陸は逆に、まなみの優しい両親にイライラして関係を悪くしてしまう。陸も薄々は自分がダメなことをわかっているが、だからこそうまくできない自分にイライラし、怒ってしまう。これには僕も大いに心当たりがあるし、多くの男性が共感するところではないだろうか。
いくら立場や状況を変えても、自分からは逃れられない。その厳しい現実をどう乗り越えていくのかーー様々に考えさせてくれて、余韻が大きい。

nonta