劇場公開日 2025年10月3日

「オムニバスをめぐる冒険」アフター・ザ・クエイク Freddie3vさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0 オムニバスをめぐる冒険

2025年10月15日
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鑑賞方法:映画館

2000年2月刊行の村上春樹の連作短篇小説集『神の子どもたちはみな踊る』を基にしたオムニバス映画です。この映画では、上記小説集からの4篇をそれぞれ1995年、2011年、2020年、2025年の4章とし、原作に時間の奥行きを与えています。1995年は阪神淡路大震災の年ですし、オウム真理教のテロ事件もありました。原作の短篇集はもともとこのふたつの出来事を契機として書かれたと記憶しています。2011年が東日本大震災の年、2020年が新型コロナのパンデミック発生年と考えると、映画化にあたって、ある種の現代日本災厄30年史を意図したのかなとも思ったのですが、映画を観た限り、そんな感じはしませんでした。でも、バブル崩壊後の日本の「失われた30年」の空気感は身にまとっていたような気がします。

私は村上春樹に関してはデビュー作の『風の歌を聴け』以来、ほぼ同時代的に40年以上にわたって読んできました。まあ、いちばん好きな作家と言っていいでしょう。彼は自身の小説の映画化の許諾についてはあまり積極的ではなかったと記憶しているのですが、定かではありません。『風の歌を聴け』がけっこう早い時期に大森一樹監督、小林薫主演で映画化されていて、なかなか良かった記憶があります。

まあでも映画化に関しては難易度の高い作家でしょうね。彼の小説を読むと、登場人物同士の会話がお互いに相手に向かってしゃべってるのではなく、それぞれが遠い空に向かって話してるような印象を持つことがあります。この空気感を壊さずに演出して映画にすると、生理的に受けつけない観客が出てきそうです。特に長篇ともなると、音楽やら文学やらのウンチク話がそこかしこに出てくるし、物語を一気に動かすようなダイナミックな場面があるわけでもなし、なんだかメリハリのないダラーっとした映画になりそうな感じです。それを考えると、トラン•アン•ユン監督、松山ケンイチ主演の『ノルウェイの森』は大健闘と言ってよいのではないでしょうか。これは映像がただひたすらに美しかったのと高い著作権料を払ったおかげでビートルズの “Norwegian Wood” で本篇を締めることができたのが大きかったと思います。

ということで、同名の短篇小説に別の短篇の要素も取り入れ長篇映画にした濱口竜介監督の『ドライブ•マイ•カー』が国際長篇映画賞でオスカーを獲った実績や『ノルウェイの森』以外に映画化に向いてそうな長篇が彼の作品の中には見当たらないとなると、村上春樹作品の映画化は短篇小説中心となると思われます。そんななかで連作短篇をを基にオムニバス映画を作るというのはいいポイントをついた妥当な企画だと思います(本件の場合は小説と映画の間にNHKの TVドラマが介在していたわけですが)。

で、本篇の話。村上春樹の小説の持つ世界観を巧みに捕まえている感じでなかなかの出来だと感じました。喪失と再生、淡いながらもうっすらと希望が見える感じ、そして、人間の生というのはとても儚いけれど、だからこそ、微力ながらも邪悪なものと切り結んでゆこうとする姿勢、それらが表現されていたと思います。まあ章ごとに好き嫌いは分かれるでしょうが…… 私は2011年の章が好きです。浜辺で焚き火してる話なんですけど、2011年2月頃のお話なんですね。あの数週間後にあの浜辺に津波が押し寄せるのかと胸が締めつけられるような思いがしました。

あと、2025年の章にかえるくんが登場する件。原作の短篇集にある「かえるくん、東京を救う」という短篇の後日談のような感じで、人間とほぼ同じ大きさの日本語をしゃべるかえるくんが登場するのですが、その造形の奇怪さで、この映画の世界観から若干はみ出している感じがしました。私は原作短篇のほうはかなり好きなんですけど、映画のほうではその奇妙な姿をようやく見慣れた頃に終わってしまうような感じ。これ、単独で「かえるくんクロニクル」みたいにして、日本の失われた30年をみみずくんと戦いながら生き抜くかえるくんを描く2時間ぐらいの長篇映画にしてみませんか。相棒の片桐さんは信用金庫に勤めているのでバブル崩壊後の後始末を描くのにも都合がいい感じがします。片桐さん役は滝藤賢一あたりかな。

さてと、「神の子どもたちはみな踊る」をまた、もう一度、読んでみるとしますか。

Freddie3v
あんちゃんさんのコメント
2025年10月25日

共感ありがとうございます。私は「UFOが釧路に降りる」が好きです。未来に対する何ともいえない不安感が感じられます。30年前の村上のあの予感はすべてにおいて的中したな、我々は遠いところに来てしまったなと思うのです。

あんちゃん