劇場公開日 2025年10月17日

「最初はミスキャストっぽいと思われた長澤まさみの起用がミソか? 歴史モノでも伝記モノでもなくアーティスト父娘の日常を淡々と描くアート映画」おーい、応為 Freddie3vさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5 最初はミスキャストっぽいと思われた長澤まさみの起用がミソか? 歴史モノでも伝記モノでもなくアーティスト父娘の日常を淡々と描くアート映画

2025年10月28日
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鑑賞方法:映画館

日本語の表現に「掃き溜めに鶴」というのがありますが、ここでの長澤まさみがまさにそれ。ゴミ屋敷と化した葛飾北斎(演: 永瀬正敏)の棲家にまさみお姉様が北斎の娘 応為に扮して降臨いたします。このまさみ版の応為さん、旧来型大和民族体形の典型から外れており脚が長くて容姿端麗、おまけに女盛りの色気むんむんときておりますので、とても19世紀の江戸の絵師には見えません。彼女は終始浮き気味の感じで、ようやく見慣れてきたなあと思った頃には老けメークが不十分で、笑えてしまうほど老けメークばっちりの北斎との乖離が大きく、またもや劇中で浮いている存在となり、こりゃあミスキャストじゃないのとつぶやきたくなります。

まあでも、長澤まさみじゃない他の地味めの女優さんを起用していたら、単なる葛飾北斎の晩年を描いた伝記映画になっていたでしょうね。この映画は葛飾北斎はもちろんのこと、その娘の葛飾応為の伝記映画でもないと思います。この作品では、時折り、画面上に年号が現れますが、これが横書きアラビア数字4桁の西暦年号で、漢数字を使って縦書きにもせず、日本の元号も入れていません。この素っ気なさにこれはステレオタイプ的な歴史モノとか伝記モノとかではないんだよという、大森立嗣監督のメッセージを感じました。

この映画は、女性の地位がまだ低かった江戸時代(そもそも葛飾応為自体が生没年不詳なのですから)に、夢を持ち、その夢をかなえた女とその幸福についての物語です。「人生は短し、されど、芸術は長し」このことを本能でわかっていた父娘の物語でもあります。応為は「好きでお前とお前の絵を選んだ」のです。どんなにだらしない日常生活を送っていようとも、ただひたすら、いい絵を描きたいのです。毎日描いてきたのに猫一匹すら描けねぇと涙を流す北斎を師と仰ぎ見て、さらに精進してゆくのです。自身の生きる目的と存在理由を見つけることができた応為はとても幸福でした。

そんな幸せな応為のアーティスト魂が淡々とした日常の描写から透けて見えてきます。まあ遠い江戸時代のお話なのでTVやスマホがあるわけでなし、交通の手段も限られてるし、のんびりした日常で劇的なことはあまり起こりません。そんな中で、さくらという犬とか髙橋海人が演じる善次郎(北斎の弟子)とかがいい味を出しています。大友良英の音楽もよかったです。音楽にもステレオタイプ的な歴史モノじゃないんだよというメッセージを感じます。そして、やっぱり、浮くからこその長澤まさみで、彼女はべらんめえ調で啖呵を切ったりもします。

小説の世界に純文学というのがありますが、この映画には「純映画」とでも呼びたくなるようなたたずまいがあるように思います。アート寄りで、映画でしかできないことを表現しているような映画。「無劇の劇」を体現しているような映画。

で、この映画ではホンモノのアートも登場するわけです。応為作の「吉原格子先乃図」よかったですね。ネット上でも彼女の作品を幾つか見てみました。ネット上で見たからかもしれませんが、何かイラスト風のタッチでした。彼女こそ、江戸時代末期に登場した元祖イラストレーターかもしれません。wiki でいろいろと調べてみたのですが、北斎の晩年の作には応為作または父娘共作のものが幾つか混じっているようです。北斎の絶筆とされていた「富士越龍図」は応為の作という説が有力だそうです。

葛飾応為が活躍した時代から二百年近くたった現在、我々はたくさんの映画を観ることができます。説明過多の映画や感動を煽ったりしてくる映画、やたら情報量の多い映画などを観たあとにこういうたたずまいの「純映画」を観ると、なんだか「箸休め」をしたみたいでちょっとほっとします。堪能させていただきました。

Freddie3v
ノーキッキングさんのコメント
2025年11月5日

話を下げて申し訳ないのですが、現実は、カネ、コネ、老後の安定だそうです。30数人に聞きましたが、感動的な話は無くて……

ノーキッキング
あんちゃんさんのコメント
2025年11月5日

なるほど。単なる歴史物ではなく、北斎と応為の日常を「淡々と」描く劇作である、とすればあの西暦も劇伴も説明がつきますね。大森立嗣の他の作品、例えば「日日是好日」とも作風が一致するし。でもそれもこれも役者がついてきているかどうか。長澤まさみもそうですが、「熱演」との評価が高い永瀬正敏もオーバーアクトで「淡々と」していない。理解力不足で演技プランをブチ壊している感じはしました。

あんちゃん
ノーキッキングさんのコメント
2025年11月5日

共感ありがとうございました。
実際、老大家とうら若い弟子の“カップル”は意外に多いのです。なぜこんな美人が……の声をよそに、ただ師を敬愛しているとか、あるいは老人嗜好の女子なのか、全く理解不能なのは当方が凡庸なせいでしょう。まあ面白い業界です。

ノーキッキング
おつろくさんのコメント
2025年11月5日

共感ありがとうございます!

長澤まさみ様の大ファンなんで、事前に応為について予習したのですが、北斎以上に謎が多く、作品は残っているものの生没年ともに不詳で、中には実在の人物ではないと評している人までいるので正直驚きました。

自分は役者の能力を評価する指標のひとつに「キレ芸」を観察していますが、富士の麓で暮らしている時に北斎に放ったキレ芸が素晴らしかったので、その場面で泣くほど感激しました。

おつろく