劇場公開日 2025年7月11日

「ムード先行で、非線形の語り口もイマイチ」ストレンジ・ダーリン いたりきたりさんの映画レビュー(感想・評価)

3.0 ムード先行で、非線形の語り口もイマイチ

2025年9月1日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

「実録もの」を謳った作品。「オレゴン州で終幕を迎えた連続殺人事件を、警官や目撃者の証言をもとに映画化」という触れ込みだ。なるほどシリアルキラーの温床みたいなオレゴンの片田舎が舞台か、と偏見まるだしの妄想を膨らませる。

映画は冒頭、赤い医療用スクラブを着た白人女性が野原を走ってくるさまをスローモーションで捉える。彼女の左耳はちぎれ、歪んだ口元は大きく腫れあがっている。医療従事者? 誰から逃げてる? そんな映像にかぶせて「Love Hurts」「Strange Darling」といったナンバーが聞こえてくる。Z・バーグのけだるい歌声はどこか『ツイン・ピークス』を思わせ、ヤバい雰囲気がムンムン立ちこめる——

…と、ここまでのつかみは上々だったが、この先はいささか期待外れだった。

のっけから映画は、『パルプ・フィクション』のように非線形の語り口でいくとタイトル・カードで示す。本作は全6章からなり、只今からご覧いただくシークエンスは「第〇章」ですよとご丁寧に明かしてみせるのだ(※ちなみにタランティーノつながりで言うと、ナイフで犠牲者の胸に「EL」と刻みつけるのは、額に鉤十字を彫り刻む『イングロリアス・バスターズ』を思い出させる)。
その章立ての第3章からいきなり始まるという時点で、はやくも観客は何かワケがあるぞと勘ぐらずにはいられない。
なんでも本作の編集を巡っては、監督と制作会社のミラマックスの間で相当揉めたらしい。このため、観客にわかり易く「第〇章」と明示することで両者は手を打ったのか、などと憶測したり…。

ともあれ、逃げる女は、道中拾った酒瓶を気付け薬代わりにラッパ飲みした後、患部を荒々しくアルコール消毒。次いでタバコを深々と吸って気を落ち着かせる。紫煙で居場所が知れることも恐れない、肝の据わった振舞いから、カンが鋭い人ならすべてが読み取れてしまうのではないか。

そもそも本作のストーリーは、第1章から順になぞっていくと想像の範疇を超えるようなものではなく、登場キャラの掘り下げも足りないように思える。イカレた人間たちが織りなす複数の物語を解体/再構成してみせた『パルプ・フィクション』のような、ストーリーテリングの妙はここにはない。
シリアルキラーが「悪魔が見える」とつぶやいたり、ゲイリー・ギルモア(実在した連続殺人犯)への共感を口にしたりと、“それっぽいムード”の醸成を図ろうとはするのだが、観客は「どのタイミングで相手に襲いかかるか」と身構えているので、話の中身がサッパリ頭に入ってこない。なんなら、間延びしたセリフだなと思いながらスクリーンを注視することになる。

それでも、隠し持った銃を抜こうとしてできないラストショットなどには、1970年代の“遅れてきた西部劇”のような余情が漂い、なかなか悪くなかった。

そのほか本作で印象に残ったのは、いかにも健康に悪そうな食事を作っている終末論者夫婦の妻を演じていたバーバラ・ハーシー。『ライトスタッフ』『ハンナとその姉妹』『ある貴婦人の肖像』ほかで一世を風靡した彼女の健在をはからずも確認できて、何はさておきウレシイ。
また観終わった後に、『プライベート・ライアン』や『パブリック・エネミーズ』などの名脇役ジョバンニ・リビシが本作で撮影監督デビューを果たしたと知り、少々びっくり。しかし35ミリフィルム撮影のありがたみはさほど感じられなかった。

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いたりきたり