「旅物語的な犯罪録」ストレンジ・ダーリン HGPomeraさんの映画レビュー(感想・評価)
旅物語的な犯罪録
まず本作は、面白いという概念は湧いてきませんでした。
実話を基にしていてるという事から物語は入り、その後もエンタメ性よりも真実性を重視した印象が濃く、不快感が圧倒的に支配している作品だと感じたので。
もう少しエンタメ性を重視し、どこか可笑しな雰囲気が有れば、また違った見方ができたかもしれません。
映像の見せ方は映画作品として、よくできていると思いますので、あくまでも「犯罪の醜さ」や、サイコホラー的な音楽効果を感じ取るために鑑賞していただきたいと思えた作品です。
さて、作品の導入映像や、わざとクラッシック調のフィルムを使用している事、映像の見せ方、そしてチャプター分けをしていることが、私はナチュラル・ボーン・キラーズとレザボア・ドッグスを連想しました。
その上で、あくまでも個人的にですが、チャプター分けの技法はクェンティン・タランティーノ監督の作風が印象強いせいか、本作におけるチャプター分けには異色性を感じ、そこに「良さ」は見出せませんでした。
チャプター分け技法は、そのチャプターにおいてそのテーマの出来事(多くはそのテーマの中心人物の物語)を個別に紹介・完結しており、そして物語の本筋に「違う映像の見せ方」などにより完璧に交わらせている技法が多いと感じており、なによりチャプター分けを施さないと滅裂な展開になりかねない場を巧みに上手く調整し、なおかつ面白く観せている技法だと感じています。
本作におけるチャプター分けは、そうする必要性をあまり感じませんでした。
つまりチャプター分けを施さなくても、切り替わる時の映像の作り方で「普通の流れ」で見せれる物語であるように思え、尚且つチャプター毎における主題の見せ方と、その完結性が薄かったと思ったためです。
そう感じた私は、本作におけるチャプター分け技法に関しては、ただ数字を追っただけでした。
ですが、そう思う一方で、本作のようなチャプター分けをすることにより「考察」がしやすくなっていると思え、不明のまま鑑賞を終える事態は少なかったと思います。
そもそもチャプターの性質は、物語を分けたり簡単にジャンプしたりする技法のため、扱い方は間違ってはいないです。
ただ、私の中のチャプター分け技法は「巧みに利用して面白く見せる技法」だと思えるので、本作においてはその魅力が伝わらなかったのです。
そして物語の流れとしては、変に現実離れしすぎた展開が無く(いい意味です)、ネタバレも鑑賞前の予想通りでした。
実話を基にした作品であることが充分に感じることも出来ましたが、それであるがゆえに、不快感が全体を圧倒的に占めました。
以下、不快ポイントですが、
①老人の殺害可視化早すぎ。
また、その老人夫婦の荒れに荒れた味とカロリーの料理の見せ方に悪意(物語上の)を感じ取った。それは、近い内にどちらにしても死んでしまうという暗示に思えました。
②ドラックによる精神錯乱が主題。
意味不明な売春(まがいな)行為や追跡行為、殺害行為に、決して理解できない「真の」犯罪者を見せられていたため不快感と憤りが絶えなかった。
③デーモンも、結局おとり捜査官としてでは無く、普通の「男」として騙された変態なだけだった。
事実、あの状態で「ちょっと不味いことになった」と、同僚に話すだけの電話で応援を待っていたのも、自分がドラッグを吸っていることや錯乱して追跡や発泡をしていることを不味いと思って保身的になりながら自滅しただけだったと見えた。※もし、セリフがノンフィクションの「音声」を基にしていたとしたら、映像化出来ない行為をデーモンはしていた可能性も考えられる。
おとり捜査だったのかプライベートだったのかは、鑑賞者に委ねるに留まっているのかも。
私の見解は、おとり捜査に出向いているが、公私混同して警察官として職務を全うできなかった悪い事をした人、と見えました。
④レディは、救いようのない本当の異常殺戮者だった。
一応、生い立ちなどや立場に同情性を表現する部分もありましたが、そこは酌量の余地がないほど普通に殺しすぎる行動力に、一片の同情も持てず不快だった。
ドラッグと自己中の妄想に取り憑かれて殺しまくって騙しまくっていただけだから。
⑤6章のデーモンや応援の女警察官の危機管理が不快MAX過ぎた。
・デーモン、なんでレディが気絶しているうちに武器の所持チェックや、拘束を強める行為をしなかったのか?
・女警察官、警官の資格なし。現場検証が軽すぎて、生き残ったらしいが絶対将来的に市民のためにならない、いい加減な警官になる。
命が惜しくて、自分のせいなのに同僚残して簡単に逃亡してるし。不快すぎた。
※熟練警官は経験上冷静に対処しようとしたが、あそこまで無責任に人非人扱いされたら、同情してしまうのは仕方ない。※この部分の表現はフィクションであると思えますが。
……とは言えやはり、根拠のない非難を自信満々に相手に向けた女警官が本当に不愉快だった。今の時代のアンチコメント者や迷惑系者を投影しているように思える。
以上、全編通して不愉快であったが、最後の最後、手を差し伸べたネイティブ系?のおばさんが、当たり前の危機管理を行使したのは納得で、「ようやくそうしたか」と安心できた。
本作は同じジャンルの「ファーゴ」の妊婦警官のような「善人」の主演や助演がいなかったため、本当にただただ不快であり、ドラッグや殺人に対して嫌悪感を忘れてはいけない、「警鐘」の意味合いを感じながら鑑賞したなと思えた、わたし個人でした。
