劇場公開日 2025年7月11日

  • 予告編を見る

「新進気鋭の監督が放つ、チャプター・シャッフル・スリラー」ストレンジ・ダーリン 緋里阿 純さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5 新進気鋭の監督が放つ、チャプター・シャッフル・スリラー

2025年7月14日
スマートフォンから投稿
鑑賞方法:映画館

興奮

知的

【イントロダクション】
謎の男に追われる女性の逃亡劇を、時系列をバラバラにして全6章仕立てで描くスリラー。
監督・脚本にJ.T・モルナー。

【ストーリー】
真昼間の道を、2台の車が爆走する。前方を走る赤いクーペに乗る赤いスクラブ(病院服)姿の女・レディ(ウィラ・フィッツジェラルド)は、酷く怯えた様子であり、左耳を負傷している。

それを追う黒のトラックに乗った男・デーモン(カイル・ガルナー)は、コカインを吸引し、興奮状態で執拗に女を追い続ける。やがて、トラックを止めて荷台からショットガンでレディの車を射撃し横転させる。

レディは森に逃げ込むと、キャンパーが遺棄した様子の水やトイレットペーパーを手に、負傷した左耳の包帯を外し、応急処置をする。やがて森を抜けると、一件の民家に辿り着く。レディは必死にドアを叩き、家主である老夫婦に懇願する。
「お願いです。助けてください」

やがて、事件は思わぬ展開を見せ、驚愕の真相が明かされていく。

【感想】
予告編でも大々的に海外の各メディアからの絶賛、加えてここ日本では映画評論家・町山智浩さんからの絶賛コメントも提示し、日本公開が決まった時から「一体どんな話なのか?」と期待を煽られ続けてきた。
そして、いよいよ本作を鑑賞。

…正直、期待し過ぎてしまっていた。内容に関しても、事前にあれこれ想像を膨らませていただけに、割とその範囲内に収まってしまっており肩透かしを食らった。本作を存分に楽しむのなら、予定のない休日にフラッと映画館に行って、何も知らない状態で観るのがベストだろう。

予告編の映像でも少々核心に触れてしまう瞬間が映し出されているが、ある程度物語に触れてきた人なら、「冒頭で追われているこの女こそがシリアルキラーだ」という事は容易に想像が出来てしまうし、彼女を追う男の正体が警察官というのも、気付きこそしなかったが妥当な設定であり新鮮味には欠ける。私は「追う側も追われる側も両方シリアルキラーで、どちらが相手の裏をかいて仕留めるか」という展開を想像・期待していただけに、随分と真面目な話だなと感じた。

そう、一見すると突拍子もない作品に見えるが、時系列を入れ替えた非線形のストーリーテリングの中にも、観客が混乱しないように各チャプターをテロップで提示したり、映像の中に真相への“ヒント”を散りばめていたりと、親切かつ真面目な設計が成されている。
デジタル撮影が全盛の現代において「全編35mmフィルムで撮影」と、わざわざアテンションする辺りにも、監督の生真面目な性格が伺える。些か真面目になり過ぎてしまった印象があるが、観客に対して常にフェアでいようとする監督の精神には好感が持てる。

物語は第3章から始まり、第5章→第1章→第4章→第2章→第6章→エピローグという構成となっている。主人公であるレディの視点で始まるので、彼女がメインとなる章は赤画面に黒文字、デーモンがメインとなる章は黒画面に赤文字と区別されている様子。

脚本の推進力が「次はどうなる!?」というクリフハンガーの連続と「観客の予想を裏切る」という事に終始し切っているので、物語的な魅力には些か乏しい。時系列を入れ替えた非線形の作風で観客を煙に撒きつつも、全てが明らかとなった上で時系列を整理してしまえば、単に《イカれた女殺人鬼が、襲おうとした男の正体が警察官だと知らずに思わぬ反撃を食らい、逃亡する先々で人を殺して逃げ延びようとする》というシンプルな内容だからだ。

そして、それを演出する上で、キャラクターについて(ともすれば意図的に)深掘りする事を放棄しており、それがどのキャラクターにも感情移入出来ず、離れた位置から物語を追わねばならない要因となっている。

話によると、スタジオ側は本作の時系列を順番通りに編集して公開させようとしていた様子。本作の最大の魅力を殺しかねないお偉いさん方の判断は、いつだって製作者の敵だなと思った。物語の複雑さによって観客が置いてけぼりを食らう事を避ける為の判断だったそうだが、これだけ丁寧な説明の成された物語を理解出来ないのならば、それは観客の知性に問題があると切り捨ててしまって良いではないか。
結果的に、テスト試写で観客の評判が良かった事から、監督の意図した通りの構成で公開出来たそうで、観客が作品を救った好例となった。

低予算作品ながら1本の作品として安っぽくならずに成立させる手腕、観客への丁寧な前振り含めて、J.T・モルナー監督が確かな実力を持つ監督なのは間違いないだろう。
ラスト、画面のカラーが次第にモノクロになっていく中で、エレクトリック・レディの顔の血色が悪くなり、死に近付いていっている様を表現する粋な演出にも、確かな腕が光っていた。
けたたましく鳴り響く音楽で、絶えず観客の不安を煽る作風も好みである。

既に複数本の次回作の予定がある様子なので、今後の活躍が楽しみな監督である。

ところで、レディが逃げ込む民家の陰謀論者老夫婦の朝食が、ウインナーと過剰な量のバターで焼いた目玉焼き、残った油を使ったパンケーキに生クリームとブルーベリージャム、トドメと言わんばかりにメープルシロップをこれでもかと垂らした、およそ老夫婦が接種すべきカロリー量ではない(成人ですら接種すべきではない)朝食には笑った。
お笑い芸人のカミナリのネタ風に言うなら、「お前の朝食、バカが食うやつだな!」である。

【総評】
捻りを効かせた構成と観客の予想を裏切ろうとする作風は、真っさらな状態で鑑賞するのがベストな1作だった。生真面目な監督の性格と確かな手腕から、今後の活躍が楽しみである。

余談だが、調べると本作はあくまで“実話を基にしたという設定のフィクション”らしく、元ネタとなる事件が近年にあったわけではないそうだ。

緋里阿 純
PR U-NEXTで本編を観る