エディントンへようこそのレビュー・感想・評価
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アリ・アスター監督が抱くネットやSNSへの不信感作品
「エディントンへようこそ」大好きなアリ・アスター監督作をTOHO日本橋で公開2日目に鑑賞。
今作はホラー映画というよりはクライムスリラーに近いテイストのブラックコメディー。コロナ禍における冷静かつアイロニカルな監督の視点が重層的におりなす作品。個人的にはもっとホラー要素をもっと強めて欲しかった。
インターネット、データーセンターの建設ラッシュ、SNSの暴走と陰謀論者の激増。コロナ禍はパンドラの箱を開けてしまった。従来から続いていたアメリカ🇺🇸社会の分断は、コロナの大流行が加速させてしまった現実を我々は受け入れなければいけない。
コロナ禍の2020年5月、ロックダウンされたニューメキシコ州の小さな町エディントンで燻ぶりながら対立する閉塞感があぶり出す人間関係。前半60分は何も起こらないが、終盤以降は炎上🔥爆破、人間関係の崩壊などが連続する構成。
本作は小さな町の事件として描写しているが、本質的には、世界中の至る所で似たような事件や社会の分断が発生している事のほうが最も恐ろしい事実。
監督はその恐ろしさを炙り出したかったのではないだろうか。
ラストの着地点はある意味、全員がハッピーエンドなのかも…。インターネットやSNSをより加速・暴走してくれるデータセンターの新規オープン、あれだけの悪事を働きながら逮捕されずに、生命を落とさずに、見事に当選してしまった寝たきりの保安官ジョー。そして彼を支える陰謀論者の義母(ディードル・オコンネル)の一人勝ちは強烈な皮肉である。
ジョーを残し、カルト団体の代表者ヴァーノン(オースティン・バトラー)と逃亡した元妻ルイーズ(エマ・ストーン)の勝ち誇ったような笑顔も印象的。陰謀論に囚われた人間が幸せになるって描写も皮肉たっぷり。(妊娠までしてやがる…)
本作は暴力、陰謀論、SNSの暴走がすべてを焼き尽くす炎上スリラーと銘打たれているが、実際に見てみると一触即発のバトルが勃発するアイロニカルな現代西部劇の様にも見える。
陰謀論やデマ、マッチョイズムなどに囚われた馬鹿な登場人物の誰にも感情移入できないキャラクター設定は、一周回って苦笑してしまった。本作はブラックコメディーとして十分に機能していると思う。
(メモ)
・主演ホアキン・フェニックス演じる保安官ジョー・クロスがどうしても、悪人キャラのなぎら健壱にしか見えなくて終始ノイズでした。
・現在公開中のディズニー社の「ズートピア2」もそうだが、陰謀論者が最終的にヒーローとして祭り上げられる映画が多いのは、モヤモヤする…。
やだなぁ
やはりオカンが一番怖い
「エディントンへようこそ」ネット、SNSがもたらす分断と対立という、使い古されたテーマを現代のウエスタンとして描いた怪(快)作。コロナ禍にアメリカを覆った陰謀論が全て詰め込まれたアリ・アスターからの悪夢の贈り物。そして、やはり歪んだ家族と母親の話に収束していくのがアリ・ アスター。
「エディントンへようこそ」加筆すると、ホアキン・フェニックス、ペドロ・パスカル、エマ・ストーンとリベラルな出演陣ですが、白人の若者たちのBLMがコケにされていたり、アンティファ陰謀論が本当になっちゃったりという描写もあって、一部の人はwoke 批判だと喜ぶんだろうな。
そのあたりは、コロナ禍以降の保守派vsリベラルの論争をあえてそのままぶち込んだ部分とアリ・アスターの世界観が共存しているのでわかりにくくて、誰が観ても居心地の悪い、後味がスッキリしない映画になっている。でも、それがアリ・アスターだもんな。
辛抱強く耐え抜いた先に面白さが待っている。
相変らずのクセツヨ映画
ドタバタ不条理映画にようこそ‼️❓
人間が生み出す不協和音
アリ・アスター監督、相変わらず人間の不協和音を生み出すのが大好きなご様子。前半は、アコースティックな感じでゆったりと奏で、後半はダウンチューニングでラウドに煽ってくる。
遠い昔のように感じてしまうコロナ禍。不要不急派に見つからないように隣の県の映画館に足を運んでいたことを思い出した。
日本と同じようにアメリカにもマスク警察がいて驚く。このエディントンに限っていえば日本と同じレベルの圧力で、マスクを強要する。
日本と異なるのは、トランプ第1次政権下で、白人至上主義の台頭、ブラックライブズマターの過激化があって、何かが起こると発火してしまう空気感が充満している。
そんな中で、ゆったりした感じで物語が始まるが、保安官の義母が陰謀論にどっぷりハマっていて、この人がやらかしそうなんだよね。
ジョー保安官が暴走モードに入ってからは、テンポアップして俄然面白くなる。最初から飛ばしてくれよって思うけど、いきなりトップギアになるのも悪くない。
アリ・アスター監督も年齢的にwokeの人々の心情に近いのだろうけど、全方位的な毒のある皮肉でそれぞれの人々を的にかける。
エピローグでは、さらに毒ガス満載のシュールさで笑ってしまった。あっと驚くような生命力でございます。
A24らしさ満載!前作より観やすかった!!
前作の『ボーはおそれている』が割と早めに駆け込み観賞になっちゃったのを思い出して、今作は初日に!
いや〜あの時“ボー”観ておいて本当によかったーε-(´∀`; )
アレ観てなかったら確実に置いていかれるヤーツーwww
ボーと比べたらエディントンのが観やすくて分かりやすくて、共感できるから良き良き✨
時はコロナ禍、アメリカの田舎町での日々ををアリ・アスター監督風味で満遍なく味付けた風刺たっぷりの作品。アメリカのようでアメリカでない。極端な解釈をすればあのコロナ禍初期の異常さはどこの国にでも当てはまったのではないかな。“頭では理解できないほどの周りの状況の変化に対応出来ない人の変化”が自分達の日常に突然起きたあの時はおかしくなる人多かった気がする(←自分もね)
それをアリ・アスター監督の見方とA24の独特の色彩・音響・見せ方で見せたらこうも魅力的になるんだーと納得🌀
ホアキンって大好きな俳優さんだけど、今作はペドロ・パスカルとオースティン・バトラーのが好みの味わい出してたかもな。
シェリフ見ながら誰かに似てるとずっと思ってたけど“ブラックゼウス”だゎ←
ポスターチラシのせいかも
小ネタ
バランス
ホアキンのホアキン🍌
根深いアメリカの分断意識
ワンバトルアフターアナザーの100億倍面白い今年トップクラスの超痛快コメディー!
いやちょっと待ってくれ!
レビュー低すぎないか!?w
語り口はワンバトルアフターアナザーと似てるがこちらの方が100億倍面白い超傑作なんだが!?
アリアスター監督の前作ボーはあまり楽しめなかったが今作はぶっ刺さり
穏やかな世界が徐々におかしくエスカレートしていくパニック展開が最高です
しかも今回は感染症の頃に起きたことやSNSにからむ人間模様を痛快に皮肉りまくってくれて、爆笑に次ぐ爆笑で見終わった後の痛快さ、スッキリ感が抜群でした
今年観た映画の中でもトップクラスの楽しさ、Mrノーバディ2超えて来たかも
あの大人同士のガキのケンカからの主人公がピンタ受けた後の表情とかたまりませんねw
アリアスター監督もシャマラン的なビックリ展開を当たり外れ覚悟で楽しむべきかなw
あと、字幕じゃ隠れてないから!!w
ほんとは☆4.5だけど評価低すぎるので、応援のため☆5です
群像劇で狂騒劇で西部劇なんだが、どうも食い足りない…
試写会で拝見しながら、こんなこと言うのは大変心苦しいのだが……前から2列目の端の指定席だったので、ほぼ斜め真横から歪んだスクリーンを見るはめになり(というか、そもそも座席配置に問題のある劇場なので)、画面の細部や構図がサッパリ分からなかったことを、まず最初にお断りしておきたい。とほほ(涙)。
さて、気を取り直して第一印象を言うと、上映時間179分の前作『ボーはおそれている』はいかにも冗長に感じられたが、今作の148分も長かった。ことに冒頭から中盤にかけては何度か寝落ちしそうに…。
ううむ、A24が前作に続き巨額の製作費を投じてアリ・アスターの好きなように撮らせた結果がコレかと思うと、同監督の1、2作目が面白かっただけに複雑なキモチになる。
また、クセの強いビジュアルを封印することで前作からガラリと作風を変えたように見えて、案外この2作は双子の兄弟みたいなものでは、とも感じた。
それは主人公を演じるのが両作ともホアキン・フェニックスだから、ということではない。母親(本作では義母だが)の存在を内心煙たく思う主人公が、周りの混沌とした状況にじわじわ絡め取られ、緊張と苛立ちを募らせたあげく、限界点を越えて一気に転落していくという展開そのものが、そう思わせるのだ。
ちなみに、本作は、2010~15年にかけてウディ・アレン監督の作品群を支えた名キャメラマン、ダリウス・コンジとの初タッグ作でもあるので、『ボーは…』以上にウディ・アレン寄り(=神経衰弱気味のこじらせ中年男が右往左往する)に傾くかと思いきや、全くの見当違いだった。アリ・アスターが今作でめざしたのはウエスタン。しかし王道の古典的西部劇ではなく、1950年代以降に台頭した社会派西部劇だ。
まず前半で描かれるのは一種の群像劇であり、新型コロナのパンデミックとロックダウンがもたらした一連の「狂騒」劇でもある。
マスク着用の是非から始まるそのゴタゴタを以下羅列すると——コミュニティの分断/巨大データセンター誘致と利権/ネット上での陰謀論の蔓延/煽り立てる新興宗教/日常化するスマホ動画投稿/BLM運動の波及/リベラル派の白人特権/マイノリティ間の軋轢/先住民の土地権問題/過激化するアンティファ/一般市民の銃武装拡大……と、このように書き出しただけでも、盛り込み過ぎは一目瞭然だ。
その結果、これらの「厄介事」は凡百の点描にとどまってしまう。どれもが主人公の苛立ちに油を注ぐための「ネタ」にしか見えず、ドラマとしての牽引力や独創性に欠けるのだ。また、それに伴い人物造形の浅さも目につく。エマ・ストーンやオースティン・バトラー、ペドロ・パスカルらのムダ遣い感といったらない。
続く後半では、いよいよ西部劇の様相を呈してくる。主人公のフラストレーションが臨界点に達すると、映画は急激に暴力の坂を転げ落ち、長いクライマックスへとなだれ込む。ここらは荒唐無稽ながら、そこそこ惹きつけられる。
このあたりまでくると、数々の名作も頭をよぎる。主人公の病の進行を暗示する咳き込み描写は『荒野の決闘』『ラスト・シューティスト』、それに現代劇の『グラン・トリノ』といったところか。崖をよじ登って逃亡する描写といえばフィルム・ノワールの『ハイ・シェラ』だが、数々の西部劇でド定番のシチュエーションでもある。
かと思うと劇中、フォードの『若き日のリンカーン』の一場面を挿入してみたり、終盤ではホークスの『リオ・ブラボー』ばりのハデな銃撃戦を見せたりして、古典的西部劇への目くばせを忘れない。しかし、その実、西部劇としては異端な『真昼の決闘』を最も強く匂わせるあたりが、屈折したアリ・アスターらしいなと妙にナットクさせられる。
このクライマックスの銃撃戦も、アリ・アスターのことだから一筋縄ではいかない。ネイティブアメリカンの捜査官をフレンドリーファイアするところなど思わず吹き出してしまうが、一方で、アラン・ドワンの『逮捕命令』やイーストウッドの『許されざる者』の「動く者は容赦なく撃つ」も連想させる。また、ここでのカメラワークは一風変わっていて、まるでシューティングゲームをプレイしているかのような撮り方だ…。
と、ここで不意に、黒沢清監督の『Cloud クラウド』を思い返す。あの作品もリアルシューティングゲームのような銃撃戦がクライマックスに描かれていた。そして、あそこには状況次第で善・悪どちらにもなり得るという人間本来の不可解さが抉り出されていた。また、自分がどっぷり漬かっていた凡庸な日常の景色が不意にシュールで異質なものへと変貌する瞬間もたしかに捉えられていたと思う。これらが本作には決定的に欠けている。そのことがどうも本作の食い足りなさに繋がっているのではないか。
以上、TBSラジオ「アトロク2」コラボ試写会にて鑑賞。
映画会社のキャッチコピーって本当にそう思ってる?
現実世界こそ究極の悪夢。アリ・アスター健在。
「ヘレディタリー」から「ボーはおそれている」までの3作品で一旦は終わって新しいジャンルに手を出すのかなと思っていた。。。
だが、悪夢は。。。まだ終わらない。笑
アリ・アスター健在。「ヘレディタリー」以降嫌っていたがここまで徹底して同じテーマを姿を変えて描いていく姿勢に逆に好感を持つようになってきた。
コロナウィルスが流行った2020年のアメリカの田舎町エディントンを舞台にSNS、陰謀論、BLM、権力争いで町がパニックと殺戮の場と化す様子をダークユーモアと社会風刺たっぷりに描く今作。今までオカルトやカルトや精神世界でのアブノーマルなテーマを描いてきたアリ・アスター監督が「現実ネタにしよっ!」と手を出したテーマがコロナウィルスだった。
「ボーはおそれている」から短期間で作り上げたこともあってそろそろやばいぐらいの駄作がくるかもしれないと身構えていた。プロモーションも控えめだったし。でも安心して。いつも通りのアリ・アスターだよ。笑
アリ・アスターの沼は毎回考察しがいがある。
表向きにはコロナウィルスがテーマだがやはり今回も「支配」、「洗脳」と「母」、「女性」がテーマだ。登場人物一人一人が自分だけの歪んだ現実の中を彷徨っている。
ただ、精神疾患を持つ者を弄ってくるあたりだけはいまだに好きにはなれない。アリ・アスターの映画はどこか黒魔術に似ている。見たらハマってしまう、一緒に地獄行きの闇のグループ儀式に付き合わされているのだ。気づかないで何となく見るとつまらねーってなってしまう。よく見てほしい。最初から全て流れがちゃんと決まっている、いつものやつだ今回の全てを操っている一見見えない恐怖とは何なのか?映画を通して描かれるある会社に注目してほしい。
やたらと太陽がクローズアップされているのも気持ち悪いと思った。町の名前が「エディントン」というのもどうもおかしい。というのも架空の町だが。。。何故?その名前なのか?調べた結果やっぱり全てちゃんと意味があった。どうもアーサー・エディントンという世界的に有名な天文学者から名付けた臭いのだ。Wikipediaで彼の経歴について調べてみると実に面白い。
私達が日頃から決めつけている「現実」や「正義」とは何なのか?もしかして私達は見えない大きな力に操られている、カルトの一員にされているのかもしれない。アリ・アスターは常に不安を抱えて生きてきたのだと思う。彼の中にある疑問や不安は今回そのまま我々にも投げかけられた。
このパラノイア的世界観に迷い込もう。全く悪趣味な監督だよほんと。「ボーは恐れている」から短期間でここまで面白い作品作るとは。すごいエネルギーだ。
鑑賞は複数回をおすすめする。
ところで日本の皆さん?あなたたちも変な個人崇拝に走ったりSNSで「正義」振り翳して暴れたりしてませんよね?ちゃんと周りが見えてますか?大丈夫ですか?アメリカの悪口言う前に少し考えてみましょう。おっと。誰か来たようだ。
全136件中、81~100件目を表示
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