劇場公開日 2025年12月12日

「いろんな部分をずっと語っていられる作品」エディントンへようこそ sow_miyaさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5 いろんな部分をずっと語っていられる作品

2025年12月14日
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鑑賞方法:映画館

コロナ禍の頃のアメリカ。様々な人種やルーツのある人たちが、微妙な距離を保ちながら暮らしているニューメキシコ州の、架空の田舎町エディントンが舞台。広大な乾燥した大地が広がっていて、経済的にも厳しいであろう市の状況の打破を、野心家の市長はIT企業のデータセンター誘致で図ろうと画策している。その中で、起きたコロナのロックダウンが、人々の関係に決定的な分断と対立を生み出していってしまうという話。
予告では、「選挙戦」ということが強調されていたが、それは「分断・対立」の象徴に過ぎず、アメリカという国の中で起きていることを、コンパクトにこの小さな街で起こすための仕掛けという感じだった。
映画で描かれる「分断」は、残念ながら、これからも続きそうだということを、不気味に伝えてきて、観ているこちらを「ホラーな気持ち」にさせるし、安心して感情移入できる登場人物が誰もいないので、ずっとゾワゾワする。
そういう部分で好みが分かれそう。
ただ、他者との分かり合えなさや、そもそも立っている前提が違い過ぎて、全くコミュニケーションが取れないという経験をしたことがある人にとっては、ズシーンと鈍く響く部分がある作品だと思う。

<ここからガッツリ内容に触れます>

・今作が何よりもホラーな点は、前半にも書いた通り、登場人物たち同士の間で、面と向かっているのに、まともな対話が成立していかないところ。互いに発話はしているのだが、噛み合っていかない。同じ世界に存在していながら、時折「この人は全く違う時空に生きているのでは?」と思わされるような発言が飛び交うSNS空間のようだ。

・例えば、象徴的なのは、エディントンでも起こるBLMのデモ。ジョーが叫ぶ通り、デモをここで起こすこと自体、エディントンの現実とはかけ離れているのだが、デモに参加している人の内側には「ネットで得た情報をもとにした、揺るがない正しさ」があるので、自分たちに同調しない黒人の保安官補をなじるし、デモを止めようとするジョーたちのことを、弾圧者とみなしていく。

・今作でも描かれているように、エディントンでのBLMデモのきっかけは、気になる女の子の気を引こうとした、とある少年のリポスト。ヒステリックに叫ぶ少女や少年たちに、ジョーが「授業で教わったばかりか?」といった声をかけるが、彼らの叫ぶ中身は単純な決めつけで薄っぺらい。そこに自分の人種的なアイデンティティに関わる浅い自己弁護を乗っけているだけで、とにかくお話にならないのだが、数は力となり、力には、よからぬ思惑の者たち(混乱に乗じて掠奪行為を起こす者や、プライベートジェットでやってくる白人至上主義者たち※)もすり寄ってくる。※追記:自分はそう思っていたが、アンティファという人もいるので真偽不明…
こうした一連の描き方は、リアルが、ネット空間に乗っ取られたような気持ち悪さだった。

・こうしたことの原因は、「フィルターバブル」などと散々指摘されている通りで、ネット情報は間違いなく偏るということを知識としてはわかっていても、ネット依存の状況からは抜け出せないことを、今作ではジョーの姿を通して描くし、最後にはドーンと光り輝くデータセンターを映して、その状況は今後も続いていくことを暗示して終わる。

・陰謀論にハマる母や妻を引いた目で見ていたはずのジョーも、結局ネットに頼って、選挙戦では根拠のない誹謗中傷動画を感情のままにアップし、妻を失う。

・結局、ネットはビジネスなんだということが、現職市長側の、選挙ビジネスの会社がガッチリ入り込んで作成した「家庭内不和も逆手にとった見事なプロモーション動画」との対比からも明らかだが、それすらも、暗殺という単純な暴力でひっくり返されるというのは皮肉。

・面前で対立候補から平手打ちされるという屈辱を受けたジョーが、そうした暴力に走ったきっかけも、象徴的だった。彼が先に手をかけたのは、誰にもつぶやき(ツイート)を聞いてもらえないアルコール依存症のホームレス。ジョーは、人々に話を聞いてもらえない自分の惨めさを彼に重ねて、惨めな自分を葬るように、彼を葬ったのではないかと思った。

・見えない遠くから、または暗闇から撃つ・撃たれるというのは、まさに匿名性に乗っかったSNSでの攻撃そのもの。一体誰と戦っているのか、誰に反撃すればよいのか分からずに、闇雲に機関銃をブッ放すジョーによって、とばっちりを受ける先住民のシェリフというのも、SNSの状況のカリカチュアの一つだろう。

・はっきりとは描かないが、現市長が民主党、対するジョーは銃所持肯定の共和党というニュアンスを匂わせたり、エプスタイン事件を思わせる未成年者の性的虐待からのサバイバーを名乗る教祖を登場させたり、現場に居合わせたことをきっかけにインフルエンサーになってしまったお騒がせ少年とかまで盛りだくさんだが、ちゃんと「今」を、一歩引いて描けていると思った。

・全く何も語れなくなってしまい、アイコンとして義理の母に使われるジョーと、淡々と射撃訓練を続ける黒人の保安官補の姿が心に残る。

sow_miya
ひろちゃんのカレシさんのコメント
2025年12月14日

お邪魔します。
ご指摘の「対話の成り立たなさ」に大いに首肯しました。相手の発語(「発言」ではない)の中から印象的なフレーズだけを切り取って自分の歪んだロジックに取り込んだ上でドヤ顔で攻撃に転じる人達には本当にうんざりします。作中嫌と言うほど登場するこういう輩は,やりとりの内容自体に価値を見出さず,議論(みたいなこと)の場を利用して自分の意識の高さをアピールしたいだけなんですね。この「うんざり感」が鑑賞中に蘇ってきて観ながら唸ってしまいました。

ひろちゃんのカレシ
トミーさんのコメント
2025年12月14日

共感ありがとうございます。
正直、陰謀論を始終周囲に撒き散らしている母親が一番不快で、一体何がしたいの?と思ってましたが・・息子をお飾り市長にして表に出て来る、怖ろしいですね。

トミー
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