劇場公開日 2025年12月12日

「群像劇で狂騒劇で西部劇なんだが、どうも食い足りない…」エディントンへようこそ いたりきたりさんの映画レビュー(感想・評価)

3.0 群像劇で狂騒劇で西部劇なんだが、どうも食い足りない…

2025年12月13日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会、映画館

試写会で拝見しながら、こんなこと言うのは大変心苦しいのだが……前から2列目の端の指定席だったので、ほぼ斜め真横から歪んだスクリーンを見るはめになり(というか、そもそも座席配置に問題のある劇場なので)、画面の細部や構図がサッパリ分からなかったことを、まず最初にお断りしておきたい。とほほ(涙)。

さて、気を取り直して第一印象を言うと、上映時間179分の前作『ボーはおそれている』はいかにも冗長に感じられたが、今作の148分も長かった。ことに冒頭から中盤にかけては何度か寝落ちしそうに…。
ううむ、A24が前作に続き巨額の製作費を投じてアリ・アスターの好きなように撮らせた結果がコレかと思うと、同監督の1、2作目が面白かっただけに複雑なキモチになる。

また、クセの強いビジュアルを封印することで前作からガラリと作風を変えたように見えて、案外この2作は双子の兄弟みたいなものでは、とも感じた。
それは主人公を演じるのが両作ともホアキン・フェニックスだから、ということではない。母親(本作では義母だが)の存在を内心煙たく思う主人公が、周りの混沌とした状況にじわじわ絡め取られ、緊張と苛立ちを募らせたあげく、限界点を越えて一気に転落していくという展開そのものが、そう思わせるのだ。

ちなみに、本作は、2010~15年にかけてウディ・アレン監督の作品群を支えた名キャメラマン、ダリウス・コンジとの初タッグ作でもあるので、『ボーは…』以上にウディ・アレン寄り(=神経衰弱気味のこじらせ中年男が右往左往する)に傾くかと思いきや、全くの見当違いだった。アリ・アスターが今作でめざしたのはウエスタン。しかし王道の古典的西部劇ではなく、1950年代以降に台頭した社会派西部劇だ。

まず前半で描かれるのは一種の群像劇であり、新型コロナのパンデミックとロックダウンがもたらした一連の「狂騒」劇でもある。
マスク着用の是非から始まるそのゴタゴタを以下羅列すると——コミュニティの分断/巨大データセンター誘致と利権/ネット上での陰謀論の蔓延/煽り立てる新興宗教/日常化するスマホ動画投稿/BLM運動の波及/リベラル派の白人特権/マイノリティ間の軋轢/先住民の土地権問題/過激化するアンティファ/一般市民の銃武装拡大……と、このように書き出しただけでも、盛り込み過ぎは一目瞭然だ。

その結果、これらの「厄介事」は凡百の点描にとどまってしまう。どれもが主人公の苛立ちに油を注ぐための「ネタ」にしか見えず、ドラマとしての牽引力や独創性に欠けるのだ。また、それに伴い人物造形の浅さも目につく。エマ・ストーンやオースティン・バトラー、ペドロ・パスカルらのムダ遣い感といったらない。

続く後半では、いよいよ西部劇の様相を呈してくる。主人公のフラストレーションが臨界点に達すると、映画は急激に暴力の坂を転げ落ち、長いクライマックスへとなだれ込む。ここらは荒唐無稽ながら、そこそこ惹きつけられる。

このあたりまでくると、数々の名作も頭をよぎる。主人公の病の進行を暗示する咳き込み描写は『荒野の決闘』『ラスト・シューティスト』、それに現代劇の『グラン・トリノ』といったところか。崖をよじ登って逃亡する描写といえばフィルム・ノワールの『ハイ・シェラ』だが、数々の西部劇でド定番のシチュエーションでもある。

かと思うと劇中、フォードの『若き日のリンカーン』の一場面を挿入してみたり、終盤ではホークスの『リオ・ブラボー』ばりのハデな銃撃戦を見せたりして、古典的西部劇への目くばせを忘れない。しかし、その実、西部劇としては異端な『真昼の決闘』を最も強く匂わせるあたりが、屈折したアリ・アスターらしいなと妙にナットクさせられる。

このクライマックスの銃撃戦も、アリ・アスターのことだから一筋縄ではいかない。ネイティブアメリカンの捜査官をフレンドリーファイアするところなど思わず吹き出してしまうが、一方で、アラン・ドワンの『逮捕命令』やイーストウッドの『許されざる者』の「動く者は容赦なく撃つ」も連想させる。また、ここでのカメラワークは一風変わっていて、まるでシューティングゲームをプレイしているかのような撮り方だ…。

と、ここで不意に、黒沢清監督の『Cloud クラウド』を思い返す。あの作品もリアルシューティングゲームのような銃撃戦がクライマックスに描かれていた。そして、あそこには状況次第で善・悪どちらにもなり得るという人間本来の不可解さが抉り出されていた。また、自分がどっぷり漬かっていた凡庸な日常の景色が不意にシュールで異質なものへと変貌する瞬間もたしかに捉えられていたと思う。これらが本作には決定的に欠けている。そのことがどうも本作の食い足りなさに繋がっているのではないか。

以上、TBSラジオ「アトロク2」コラボ試写会にて鑑賞。

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いたりきたり
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