「我が身に置き換えて恐怖する」でっちあげ 殺人教師と呼ばれた男 おじゃるさんの映画レビュー(感想・評価)
我が身に置き換えて恐怖する
予告から、「怪物」で描かれたような”立場の違いによる見え方の違い”を浮き彫りにするような展開を予想していましたが、全く違いました。タイトルどおり、まさに「でっちあげ」です。
ストーリーは、クラスの児童・氷室拓翔へひどい体罰を行ったと保護者・氷室律子に詰め寄られた小学校教師・薮下誠一が、その内容が事実と大きく異なるにもかかわらず、事態を穏便に済ませたい校長に促されるまま認めて謝罪してしまったことで、その後、週刊誌やテレビなどで大々的に報道され、世間からは大バッシングを受け、教育委員会からは懲戒処分を下され、律子からは550人の大弁護団を従えた民事訴訟を起こされる中、誠一は必死に無実を訴え、自身の潔白を証明しようとするというもの。
いやこれ怖すぎるでしょ!まったく身に覚えのないところで罪をでっちあげられ、自分の言い分は聞いてもらえず、またたくまに世の中のすべてが敵に回るなんて恐怖しかありません。しかも、これが実際に起きたという事実に驚愕します。
物語は最初から緊迫感漂う立ち上がりで、裁判シーンからそれぞれの供述をもとに真実を紐解こうとする展開です。冒頭こそ「怪物」に似ているとも思いましたが、しだいに明らかに異なる様相を呈していきます。”一つの事実も立場が違えば異なる捉え方になる”などという生やさしいものではありません。まったくの事実無根、いわば妄想ともとれる言いがかりなのですから、話が噛み合うはずなどないのです。
そして、真実を訴える誠一の言葉は圧殺され、事なかれ主義と責任の押し付けあいに終始する学校管理職、週刊誌のセンセーショナルな報道、話題に飛びついて過激な後追い報道をするテレビ局、それに踊らされて誹謗中傷を繰り広げる思考停止国民、事態収拾のために安易に処分を下す教育委員会、大した裏付けもなく訴訟に臨む大弁護団などが、彼を底なしの地獄へと突き落とします。誠一の心情を思うと激しい憤りを覚えます。と同時に、もし自分の身にこんなことが起きたらと思うと、とてつもない恐怖を感じます。
そもそも、ほとんどの人が先入観をもって物事を見ていることが、事態を歪めてしまうのではないかと思います。特に学校での出来事は、その不透明さがよからぬ憶測を生み、我が子を守りたい保護者の思いを上乗せして、より歪曲されて憎悪の感情を掻き立てているように思います。それが予想されるからこそ、管理職は早めの火消しに躍起になるのでしょう。
だからこそ、誤解を招かないように事実を精査することが大切です。しかしながら、目撃者不在、物的証拠なし、子どもの供述の曖昧さ、教師の供述の信憑性等のため、行き詰まることが多いように思います。それに、どんなに事実を積み上げられても、結局、人は信じたいものしか信じません。だから、自分に都合のよい事実が提示されるまで問い詰め、それをつなぎ合わせて理想のストーリーを作りあげるのでしょう。本作は、そんな人間の心理や社会の風潮に一石投じているように思います。
それにしても、氷室の家族、学校管理職、市教委、医師、マスコミは、あれだけのことをしておいて何の責任も罪も問われないのでしょうか。いくら誠一の処分が取り消されたとはいえ、奪われ傷つけられたものが大きすぎます。このままではあまりにも理不尽で、これで全て解決とは到底思えません。せめて、誠一と家族が平穏な日常を取り戻し、幸せに暮らしていることを願います。
主演は綾野剛さんで、裁判での供述に合わせた演じ分けがお見事です。脇を固めるのは、柴咲コウさん、亀梨和也さん、木村文乃さん、光石研さん、北村一輝さん、小林薫さん、小澤征悦さん、髙嶋政宏さんら。実力派俳優陣のおかげで、見ごたえある作品に仕上がっています。
しつこく問い詰められることで、まったく身に覚えがなかったのに「もしかしてアレが…?」となる。
そしてそれを口に出してしまうことで、周囲からは証拠として扱われ、自身もそうであったように思えてくる。
このあたりの流れもリアルで、自分がそうならない自信が持てませんでした。
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