「まるで滅びゆく世界に突如現れた救世主」ブルーボーイ事件 おきらくさんの映画レビュー(感想・評価)
まるで滅びゆく世界に突如現れた救世主
終わってみたら大号泣。
映画を見始めたとき、まさか自分がこんなことになるとは思わなかった。
この作品は、トランスジェンダーの方々が抱える苦しみを、そうではない私たちにも痛感させる内容になっていて、全人類が観るべき傑作だと思った。
舞台は1965年の東京。
美術や衣装は当時の雰囲気を完全に再現しており、リアリティが凄い。
庶民の話題はオリンピックや万博、物価高と、現代と共通する部分もあり親近感を覚えた。
一方で、「おかま」や「性転換手術」といった、現在では不適切とされる表現が頻繁に使われている。
久しぶりに「おかま」という言葉を聞き、時代とはいえ強い違和感を覚えた。
序盤では、トランス女性たちの当時の日常が描かれる。
正体を隠してひっそりと暮らす人、夜の世界でトランス女性であることを隠さずたくましく生きる人たちが登場する。
皆が大変そうではあるが幸せそうに見えた。
もし世の中に差別が存在しなければ、この人たちはもっと楽しい人生を送れていたはずなのに、と考えずにはいられなかった。
映画全体を通して描かれるのは、かつての「優生保護法」に違反したとして性別適合手術を行い逮捕された医師を救うための裁判劇。
彼から性別適合手術を受けた一人のトランス女性が、医師を救うために証言台に立つものの、力及ばず。
それを見かねた別のトランス女性が「次は私が」とばかりに立ち上がり、次々とトランス女性が証言台に送り込まれる、という物語構造になっている。
個人的に強く心を打たれたのは、二人目のトランス女性が証言する場面。
マツコ・デラックスのような、それまでどんな理不尽にも動じず強い姿勢を崩さなかった彼女が、証言台で浴びせられる容赦ない質問に耐えられなくなり、涙を流しながら怒声混じりで訴える言葉の数々。
トランスジェンダーが受ける苦しみを全面に押し出した心からの叫び。
この時の彼女の言葉に、心を打たれない人なんているのだろうか。
個人的に、この場面から一気に映画の世界に引き込まれてしまった。
この裁判が世間で注目を浴びた結果、トランス女性たちのささやかな幸せな日々が終わりを告げる。
誰にも迷惑をかけず生活していたはずなのに、なぜか社会から次々と排除されていく。
とにかく観ていて胸糞悪かった。
トランスジェンダーに否定的な人たちは、この場面を観て何を思うのだろうか。
主人公のトランス女性であるサチと、体に障がいがある夫の夫婦愛もまた、とてつもなく深く描かれる。
その愛は、一般的な夫婦愛を遥かに凌駕していると感じた。
これまでの人生でずっと生きづらさを感じてきた二人にとって、お互いが唯一の「光をくれた人」。
どんな過酷な状況になっても、お互いが相手のことを最優先に考えて行動する姿が描かれる。
差別がなければささやかな幸せを送れたはずなのに、腐った社会のせいで、二人が相手のために自己犠牲していく姿は観ていて本当に辛かった。
この映画を観て、トランスジェンダーを差別する人たちの理由には2種類あることに気づかされる。
1つ目は 「気持ち悪い」という感情論。
偏見を持っている人の大半はここに属すると思う。
「気持ち悪い」という理由で、何も悪いことをしていない人たちに対し、いじめのような人権を踏みにじる行為をする人たちの方が、よっぽど「気持ち悪い」と個人的には感じる。
2つ目は「国が滅びる」という保守的な陰謀論。
作中に出てくる検察が、この意見の代表者として登場する。
トランス女性への反対尋問で発せられる言葉の数々は、保守的な政治家やコメンテーター、あとはヤフコメでよく目にするような意見の集合体になっていて、裁判長に「侮辱は止めなさい」と注意されても無視して怒涛のように畳みかけてくる。
検察の燃料投下のおかげで、こちらの怒りは最高潮になり、心の中は完全に臨戦態勢モードになった。
ちなみに、この検察が差別的な言動を取る動機を語る場面があるが、聴いていて個人的には「くだらねえ」と思ってしまった。
怒り爆発はしたものの、物語が進むにつれて観客が見せられるものは、トランスジェンダーが社会から理不尽に排除される様子の数々。
社会の腐りっぷりを散々見せられるため、絶望的な気分になっていった。
ところがそんな中、一人の男に劇的な変化が訪れる。
最初は家族と出世のことしか頭になかった彼が、理不尽な悲劇を目の当たりにした結果、自身の過ちに気づく。
そして、トランスジェンダーの気持ちに寄り添うようになり、社会の理不尽に立ち向かい始める。
まるで滅びゆく世界に突如現れた救世主。
彼が観客の怒りの代弁者として差別に立ち向かう展開に胸が熱くなった。
ここらへんから涙が止まらなくなった。
彼が最後に述べる一言は、社会に蔓延する差別主義者たちを完全論破していて、痛快だった。
今まで性的少数者への差別に無関心だった人にも、最高のエンタメ映画になっていると思う。
本作は、当事者監督、当事者キャスティングによって制作されているため、トランスジェンダーたちの訴えが非常にリアルに感じられた。
この映画を観て、差別的な思想を持っている人たちの考えが少しでも変わるといいな、と心から願う。
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