「憲法の条文で泣いたのは初めて」ブルーボーイ事件 鶏さんの映画レビュー(感想・評価)
憲法の条文で泣いたのは初めて
昭和40年前後、東京オリンピックや大阪万博が開催される文脈で風紀取り締まりが厳しくなる中、警察側の課題は性別適合手術(性転換手術)を施しながらも戸籍上の性別は男のままで営業活動をしていたブルーボーイ=男娼の取り締まりだったようです。なんとなれば、昭和32年に施行された売春防止法では、異性間の売買春は取り締まれたものの、同性間の売買春は取り締まれなかったからだそうです。で、警察がそうしたブルーボーイを取り締まるために編み出したのが、性別適合手術を施していた医者を逮捕することでした。
本作は、こうした歴史上の事実を土台にした物語で、性別適合手術を受けて女性になろうとしたサチ(中川未悠)の葛藤と、逮捕された医師・赤城(山中崇)を被告人とする刑事裁判を巡るお話でした。サチの物語としては、戸籍上も女性になることを前提として付き合っている恋人の若村(前原滉)、サチに赤城の裁判への証人出廷を依頼する弁護士の狩野(錦戸亮)、戦争経験者で今風に言えば”岩盤保守”の検事・時田(安井順平)、サチと同じく性別不合(性同一性障害)の立場でサチに寄りそうアー子(イズミ・セクシー)、同じく性別不合の立場ながら赤城の裁判への協力に懐疑的なメイ(中村中)というそれぞれの登場人物の役割が明確で、それぞれの立場を代弁させることでかなり平衡感覚に優れたものになっていました。
サチとの関係性で一番注目したのは、狩野の態度の変化。初めのうちは裁判に勝つための戦略上、性別不合を「精神病」と捉え、その治療のために性別適合手術を行った赤城の正当性を主張しました。しかしながら性別不合の人達にしてみれば、自分を精神病として見られるのは心外であり、そのためアー子やサチの心を傷つけることになりました。それが後半、彼女たちを人間として捉え直すことで、弁護方針も変わっていくことになりました。
また、半世紀以上前の話ですが、同性婚はもとより、選択的夫婦別姓すら認められておらず、LGBTへの差別が色濃く残る我が国の現状を踏まえると、テーマ性も非常に時宜を得たものでした。特に心に刺さったのは、裁判中に触れられた憲法13条に規定する「幸福追求権」という言葉。裁判の終盤、弁護士の狩野は、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」という憲法13条の条文を読み上げ、赤城が施した性別適合手術の適法性の主張を展開しましたが、これを聞いていたら自然と涙が出て来ました。憲法で泣いたのは初めてかも。そんな本作のテーマ性は非常に印象に残るものでした。
役者陣は、サチを始めアー子、メイらは皆今風に言うところのトランスジェンダーを集めており、その点非常にリアリティがありました。また、弁護士・狩野と検事・時田の法廷対決も、いささか大時代ではあったものの見応えは充分でした。
あと、挿入歌として使われた「サン・トワ・マミー」も良かったです。
そんな訳で、本作の評価は★4.8とします。
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