「恋愛・夫婦生活とは、すなわち権謀術数渦巻くスパイ戦である」ブラックバッグ いたりきたりさんの映画レビュー(感想・評価)
恋愛・夫婦生活とは、すなわち権謀術数渦巻くスパイ戦である
新作ごとに題材も作風も変えてくるスティーヴン・ソダーバーグ。そこに毎回共通するのが、物語のスマートかつスタイリッシュなさばき方だ。これこそがソダーバーグ監督の身上でもある。監督業のみならず撮影・編集も担う彼が今回、その持ち味を発揮するのは、一切の派手なアクションを排したスパイもの。しかも室内劇であり会話劇だ。
なんでも監督と脚本家は本作のインスピレーションを、エドワード・オールビーの有名な戯曲「ヴァージニア・ウルフなんかこわくない」から得たのだとか。そのせいか、この映画は一見『裏切りのサーカス』のような“もぐら(二重スパイ)狩り”の話と見せかけて、その実、監督の長編デビュー作『セックスと嘘とビデオテープ』、もしくはベルイマン監督の『ある結婚の風景』の様相を呈してくる。ここが第一の見どころである。
本作のタイトル「ブラックバッグ」とは「秘密が保管されている場所」のことらしい。その真意は「世界を揺るがす国家機密、極秘任務」を意味すると同時に、「夫婦や恋人間で相手に隠している真実」でもあると、徐々に呑み込めてくるわけだ。
ハイライトは前半・後半と二度訪れる。いずれも同じ、ラグジュアリーな居住空間のダイニングテーブルが舞台だ。主要人物たちが顔を揃え、うわべの会話と腹の探り合いを繰り広げる。この場における彼らの「芝居」——もっと端的に言えば「顔芸」が第二の見どころであり、そのスタイリッシュでスピーディー過ぎる描き方が、映画として若干の食い足りなさを感じさせるところでもある。
それにしても、何があろうと動じない、眉一つ動かさない。そんなマイケル・ファスベンダーとケイト・ブランシェットの「能面夫婦生活(?)」にはゾクゾクさせられた。寝室でのエピソードなど詳細は省くが、ここが第三の見どころといえるだろう。
ところで、イギリス政府の諜報機関といわれて真っ先に思い浮かぶのが、ジェームズ・ボンドでおなじみの「英国情報局秘密情報部(SIS)」、通称MI6。だが、本作の登場人物たちが所属するのは「英国国家サイバーセキュリティセンター(NCSC)」である。「英国政府通信本部(GCHQ)」の傘下機関にあたるこの組織のことは、本作で初めて知った。
初耳といえば、 “もぐら”候補の一人であるナオミ・ハリスは組織専属の精神科医という劇中設定になっている。その取り合わせが少々意外だったが、今や世界の主な諜報機関は精神科医やセラピストを職員として抱えているらしい。言われてみるとたしかに、諜報部員はいつも心理的にキツい業務に従事しているわけで、精神面のメンテは必須だろうと推察するが…。
というわけで、本作から得た教訓=「恋愛・夫婦生活とは、すなわち権謀術数渦巻くスパイ戦である」もそうだが、映画はホントに学びが多い(笑)。
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