「粗削りな意欲作の割に俳優陣がかなり豪華。国際合作の新たな可能性も」キャンドルスティック 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)
粗削りな意欲作の割に俳優陣がかなり豪華。国際合作の新たな可能性も
日台共同製作で、日本、台湾、イラン、ハワイを舞台にストーリーが展開する、なかなかの意欲作だ。メディア向け資料によると、「従来の製作委員会方式などから離れ、“インディペンデント×メジャー”の形を志す製作会社ジャズインベストメントによる新たな映画ファンド」。ジャズフィルムのチーフプロデューサーである小椋悟が脚本も担っている。FXを題材にしたノウハウ小説を原作とし、大胆にアレンジしたストーリーだという。
キャストも、阿部寛、菜々緒、サヘル・ローズ、津田健次郎となかなかに豪華。台湾のアリッサ・チア、リン・ボーホン、タン・ヨンシュー、イランのマフティ・ホセイン・シルディら外国のキャストも、日本での知名度は低いものの自国では人気の俳優のようだ。コロナ禍の影響で撮影は各国で個別に進められ、俳優たちの国際的なコラボレーションは少ないものの、オンラインビデオ会議などを活用して国ごとのエピソードをうまく繋いでいる。コロナの時期にビデオ会議が普及し、国際合作の作り方や見せ方の可能性が広がったことを確かに示す映画と言えるだろう。
長編映画デビューとなる米倉強太監督による映像のルックも悪くない。ただし、FXとハッキング、大きくくくれば金融とハイテクを題材にしたサスペンスドラマなのに、作り手の知識不足や事実誤認によってストーリーに真実味が欠け、多少なりとも金融やテック系の知識がある観客にとっては興ざめするエピソードや描写があるのがもったいない。
特に気になった点を挙げる(ここからネタバレ含みます)。
1. 2014年の株価操作に野原らと関わった元同僚でハワイ在住のハッカーが言う「当時はネットの法律もないし厳密には犯罪じゃない」
→事実:不正アクセス禁止法が2000年から施行されており、野原らが外部のシステムにハッキングを仕掛けて(=不正にアクセスして)株価を操作したなら、2014年時点でも違法。
2. ハワイから日本へ急いで大金を送るよう要求される場面で、「国際送金はどうしても数日はかかる」
→事実:ビットコインなどの仮想通貨(暗号資産)を買って送金すればほぼリアルタイムの受け取りと換金が可能(相場による多少の価格変動はあるにせよ)。仮想通貨取引は世界で2010年代初頭から、日本でも2014年頃から普及しており、金融に明るい彼らが2019年時点で仮想通貨での送金を考えないのは不自然。
3. 野原によるFXハッキング作戦の説明:フェイクニュースをネットに流しFX投資プログラムAIを騙して円安にする(この時点で「円を買う」よう野原は杏子に指示する)。その数秒後に先のニュースが誤報だったと流して円高にする(ここで円を売る)。FXの取引画面では、(米ドルとの為替相場が)110円台だったのが107円台になり、その後115円になる。
→事実:円安局面では1ドルあたりの円の交換レートは増え、円高局面では逆に下がる。つまり、110円→107円は円高進行、107円→115円は円安進行なので、野原の説明と真逆。杏子が実行したように、1ドル=107円のタイミングで円を買い、1ドル=115円のタイミングで売ったら、実際は損をする。
つまり、素人や初心者が勘違いしがちなポイントなのだが、外国為替相場とはA国の通貨とB国の通貨を売買する時の相場であり、ドルと円の取引でドルを基準として考える場合、円の価値が上がると円の額面上は下がり(2010年に80円台で超円高だった)、円の価値が下がると額面上は上がる(ここ最近は140円台で超円安と言われている)。別の表現で説明すると、1ドルを買うのに140円かかるのと、1ドルを買うのに80円かかるのでは、後者のほうが円の価値が高い(=円高)ということ。野原の説明と画面上の描写を一致させるなら、フェイクニュースの影響で110円→115円と円安になり(ここで杏子が円を買う)、その後115円→107円と円高になる(ここで円を売る)とすべきだった。
4. 野原がリンネにリベンジするため仕掛けたトリックとは、USBメモリに仕込んだ隠しプログラムでリンネの「PCの時計を10秒遅らせる」というもの。「だから叔母さんがキーを押した時には 現実には10秒遅れていた」とルーは説明する。
→事実:FX取引のシステムはFX取引所を運営する会社のサーバの時間に基づいて稼働しているので、クライアント(ユーザー)側のPCの時計がずれていようが、取引画面にもキー操作にも影響しない。だからもし、実際に野原がリンネに10秒遅れの取引をさせるつもりなら、FX会社の取引システムを稼働させているサーバをハッキングし、取引システムがリアルタイムの相場より10秒遅れのデータをクライアントに送るようにするプログラムを仕込む必要があった。
3や4などは特に大事な部分だが、そこでの初歩的なミスはいただけない。金融系とテック系の監修をつけていたら防げたはずで、残念に思う。とはいえ、粗削りながら国際合作の新たな可能性を示すことができた映画でもあり、課題や反省点に真摯に向き合って将来の製作につなげてもらいたいと期待する。
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