劇場公開日 2025年5月9日

「快楽主義の冒険家」リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界 レントさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0快楽主義の冒険家

2025年5月17日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

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様々な肩書を持つ彼女の一つである従軍記者という肩書。従軍記者と聞くと何を思い浮かべるだろうか。普通は戦争の悲惨さを伝える崇高な使命感を持った仕事と思いうかべるだろう。
確かに彼女にはそういう意識もあったのだろうが、それ以前に彼女はこの仕事を彼女の複数の仕事の一つとしてストイックに取り組んでいただけのように思える。従軍記者には崇高な使命感や特別な理由が必ずしもなくてはならないわけではない。たまたま彼女が生きた時代に大戦が勃発した。彼女にとって戦争は被写体の一つだった。戦場へ向かうのは彼女の人生における冒険の一つだった。

シュルレアリストの彼女は戦争を被写体にして自分の写真を撮り続けた。彼女が言うように写真はその一枚で一万文字の意味が込められるほどのもの。彼女は常に写真に様々な意味を込めて撮影した。それはシュルレアリストの彼女の作品作りに他ならなかった。

彼女は冒険家でもあった。けしてとびぬけて裕福な家庭に生まれたわけではない彼女はこの時代の女性が自分の欲望をかなえるには男性の財力に頼らねばならないことを知っており、富豪のエジプト人男性と結婚して彼の財力を利用し多くの冒険旅行を楽しんだ。
時には砂漠や遺跡を求めて冒険の限りを尽くし、また時には再びパリの社交界へ戻り有閑マダムのような暮らしを満喫し、そこで人脈を広げてはまたその人脈を頼りに冒険を繰り返す日々を送った。彼女の手にはいつも複数の紹介状がありそれは未知の土地では常に役に立った。彼女は世界中のどこにでも行ける翼を手に入れたのだ。それは彼女が人をひきつけてやまないほど魅力を持ち合わせていたからに他ならない。そんな中で起きた戦争。彼女にとって戦争も冒険の一つだった。
パリが解放されても彼女はいまだナチスの残党が戦闘を続ける場所を求めて戦場を渡り歩いた。それは砂漠や遺跡を求めての冒険旅行と変わらなかった。
戦争に対して冒険などと書くと不謹慎な印象を抱くかもしれないが、冒険の意味を人生の苦難を乗り越えて自己を磨き高める行動だと解釈すれば妥当とも思える。

彼女はその人生において常に冒険を求めた。自分がその時その時に興味を抱き、自分の好きなことをすることを何よりも大切にした。自分の思いのままに生きることを何よりも優先した。
彼女は快楽主義者である。自分の欲望のままに男性との逢瀬にふけった。彼女には貞操観念などなかった。でもふしだらとは違う。やはり彼女にとっては自分に正直に生きることが何よりも最優先されたのだ。妻の身でありながらフランスへ向かう船では愛人と楽しみパリで恋人のローランドとも逢瀬を重ねた。そんな彼女を富豪の夫はただ優しく見守り続けた。

彼女を快楽主義者にならしめた根源はその幼少期にさかのぼる。本作でも言及された性被害だ。彼女を不憫に思った両親は彼女を溺愛し思う存分甘やかして育てた。家庭では彼女の望みがかなわないことはなかった。しかし学校ではそうはいかず彼女はたちまち問題児となった。
頭を悩ませた両親は恩師とのパリ行きを許可せざるを得なかった。自由奔放な彼女にとってパリでの暮らしは水を得た魚のような暮らし。時はロストジェネレーションの時代、名だたる芸術家が活躍し、人々が享楽に明け暮れた自由な時代だった。

そこですでにファッションモデルとして活躍していた彼女はたちまち社交界の華となり、ジャン・コクトーやピカソなどの芸術家と交流を重ねた。コクトーはリーに彼の映画出演をオファーしたし、ピカソは彼女の自画像を描いた。映画冒頭のムジャンでのバカンスではピカソも訪れていてそこで描かれた肖像画をローランドが買い取りリーにプレゼントしたのだという。

そしてマン・レイも彼女に魅了された人間の一人だ。彼のモデル兼弟子となった彼女はたちまちその才能を開花させ彼とその評価を二分した。マンはリーが撮影した写真に自分の名を冠することを許すほど才能を認めていた。そしてリーの奔放すぎる性生活に嫉妬して彼女との心中を思わせるほどリーはマンを苦しめた。

カメラマンとして才能を開花させたリーはニューヨークで弟と共に写真スタジオを開設、世界恐慌の荒波にも負けず彼女はその人脈もありスタジオは軌道に乗る。その矢先に彼女はエジプトの富豪と結婚して弟は婚約者がいるにもかかわらず無職となりその後かなり苦境に立たされることとなる。
これらエピソードを並べるだけでも彼女の奔放さ、自分の好きなように生きるという姿勢はまさに快楽主義者にふさわしいと思える。

ファッションモデル、カメラマン、シュルレアリスト、従軍記者、料理研究家、旅行家、様々な肩書を持つ彼女を一言で言い表すのならやはり快楽主義の冒険家という言葉が最もふさわしいと思える。
本作は彼女の従軍記者時代のみを切り抜いてそこだけに焦点を絞っており、よくある従軍記者の物語に彼女の物語を矮小化してしまった。彼女の従軍記者としての行動原理も彼女の性被害の事実と絡めて、従軍記者としての原動力がさもそこにあるかのように描き観客を安易に納得させようとした。
確かに二時間の商業映画で彼女の人生を網羅的に描くことは困難だが、しかしそのように彼女の人生を分かったように描くのは彼女が一番我慢ならないのではないだろうか。

彼女は自分の写真には一万字もの意味が込められているという。そんな彼女の写真が雑誌に掲載される際には解説文が添えられた。その解説文に時として彼女は憤慨したという。自分の写真を理解せず貧相な想像力で解説した気になっているとして。
シュルレアリストの彼女の写真が高く評価されたのはその写真が表面的ではなく多くの意味が込められていると解釈できるからだ。彼女の作品の持つ多面的な魅力はまさにシュルレアリストの彼女のなせる芸術作品だったからに他ならない。その彼女の作品を理解できてない解説文に彼女は常に憤った。
それと同様に自分を分かったように描いた本作を彼女が見てどう思うのだろうか。少なくとも彼女はその幼少期の体験で他者を虐げることへの憤りからそれを従軍記者としての原動力にしたという観客が求めたものに対する安易な答えを押し付けるこの本作には憤ったのではないだろうか。
ただ本作は息子との語り合いという形で描かれた点は映画として高く評価されると思う。現実にはあり得なかった母と息子との心の交流を描いた点においては。

リー・ミラー、その自由奔放な生きざま。けして女性にとって自由に生きられない時代で自分の思う限りの自由を謳歌した彼女を演じたのがケイト・ウィンスレット。奇しくも彼女をスターダムに押し上げたタイタニックで演じたローズは沈没事故の後、亡き恋人ジャックのぶんまで人生を謳歌した。かの作品最後で彼女の枕元には様々な冒険の日々を体験した彼女の人生を思わせる写真が並べられていた。それはまさにリー・ミラーの人生を彷彿とさせるものだった。

レント
ニコさんのコメント
2025年5月17日

コメントありがとうございます。
時代を考えるとリーの自由人ぶりは筋金入りです。

ニコ
ノーキッキングさんのコメント
2025年5月17日

たしかに『貴重な記録の数々』ですが”作品”として昇華されたものであるかは疑問です。彼女に与えられた評価は”功労賞“であり、芸術家が得られるものとはちがうようです。戦後、『わたしは何もたいしたことはしていない』として、写真は趣味のひとつだったと述懐しています。

ノーキッキング
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