配信開始日 2025年7月18日

「ノワールな韓国社会」84m2 津次郎さんの映画レビュー(感想・評価)

2.5ノワールな韓国社会

2025年7月23日
PCから投稿

韓国は自殺者数が多くOECD中ダントツの自殺率を20年以上維持している。KPOPや韓ドラのきらびやかな世界が暗い側面を隠す一方で無情な社会性やタイトな人間関係が見られる韓国映画は多い。

『韓国映画がしばしば描く、非情な/暗鬱な/旧弊な韓国社会がある。ここにもそれがある。彼女らには出自や貧富の格差がある。世間には因習があり、社会は未成熟で、お金がなければ転落する。お金があっても、お人好しでは生きられない。誰も助けてくれず、どこへも行かれず、努力や精進が実を結ばない。冷たい世を楽観がしのぎ悲観が落としめる。』
──とじぶんは昔「子猫をお願い」に書いたが、韓国映画では、社会に疲れている人がよく描かれる。ほんとうに疲れる社会なのだろうと思う。代表的な韓国映画であるパラサイトもペパーミントキャンディもはちどりも殺人の追憶もオールドボーイも82年生まれもプロットと併走しながら、冷たく張り詰めた社会生活が描かれた映画といえるし、イチャンドン、キムジウン、パクチャヌク、ナホンジン、キムギドク、ポンジュノ・・・代表的な監督全員が暗く非情なスタイルを得意としている。
韓国ノワールという呼称があるが社会がノワールゆえに韓国ノワールには説得力が備わるという理屈がじゅうぶん成り立つと思う。

ネットフリックス映画84m2は韓国のマンション事情をめぐり陥穽にはまっていく青年を描くサスペンス映画。
略説的描写を把握しえているかわからないが、青年は全財産はたいてマンションを買ったものの数年後資産価値が暴落する。青年は何もかも失い、ただ金利と管理費支払いのため電気も使わず、昼間の会社勤めと夜間の配達業務に身をやつしている。高速鉄道の開通によって資産価値が戻ってきたら転売するつもりだが、どうなるかわからない。84平米は韓国における間取りの平均的な広さをあらわしているそうだ。

GBコインの売却あたりまで前半はコミカルで面白い。投資をやっていて刻一刻値動きするばあいの人の焦燥がうまく描かれている。じぶんも一時期ほとんど三分毎にispeedをながめていたことがある。が、後半はわりと普通の韓国ノワールになっていき、前半の諧謔性が生かされずに収束する。色気がないのは個人的には大丈夫だが、きれいどころがひとりも出てこないので絵が殺伐としてしまったきらいもある。バイオレンスもやりすぎで主人公のコメディ要素が相殺されてしまった。
そもそもかれらが何を目的としているのかがわかりにくかった。

逆に何を目的としているのかわかりにくいほどの韓国社会の歪みを感じ取った。
あちらでは高層マンションは総じてアパートと呼ばれ最上階や角部屋は好かれないそうだ。理由は冬が寒いから。ベランダも室内型、床暖完備、そのわりにはユニットで湯船がなかったり入らなかったりするそうで、間取りもわれわれがよく見る日本の間取りとは違う。だが、利便性は高く通勤経路が整備され、商業施設やコミュニティが併設される。
しかし集合住宅の命題は隣人ストレスに尽きる。戸建てでも隣人や町内会はあるが、別世帯が壁一枚でくっついて扉が隣り合っているよりはましだろう。まして高いお金を払ったマンションに隣にへんなのが住んでいたら泣き寝入りするしかない。そんな曖昧で価格も変動するものを買わざるをえないという世界が、まずもって哀しくノワールだった。

かえりみてわれわれも東京の数十万円の家賃にさして驚きもないが、概してこういうものは東京集中、ソウル集中によって引き起こされた事態であって、田舎で生きときゃいいという話でもある。

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津次郎