「ヴァネッサ・カービーはいい」それでも夜は訪れる 蛇足軒妖瀬布さんの映画レビュー(感想・評価)
ヴァネッサ・カービーはいい
冒頭の描写:雄弁で痛切な〈社会の闇〉の積み上げ
本作の演出における見どころの一つは、
冒頭から主人公リネット(ヴァネッサ・カービー)が置かれた絶望的な状況を、
一切の説明台詞なしに、
細かいカットの積み重ねで雄弁に提示する手腕だ。
物価高騰、貧困、借金、そして非情なタイムリミット、
その焦燥感は、リネットの荒れた生活空間、
労働後の疲弊した表情、そして兄ケニーへの献身的な愛情といった、
日常の断片を通して痛切に観客に突き刺さる構成だ。
このような現実描写は、
ヴァンス米国副大統領の自伝「ヒルビリー・エレジー」、あるいは、
ケン・ローチの作品群が追及する、
人間の尊厳といった、
世界的な社会問題の系譜に連なるものとも言えるだろう。
リネットの戦いは、〈尊厳〉を否定されかねない境遇での最後の抵抗だ。
ヴァネッサ・カービーの熱演:狂気と献身のアンビバレンス
この救いのない悪夢のようなストーリーを、
片時も目を離せないサスペンスとして成立させているのが、
主演ヴァネッサ・カービーの凄まじい芝居だ。
カービーは、〈狂気と献身〉、
〈自暴自棄と母親的な責任感〉というアンビバレントな感情を、
圧倒的な迫力とリアリティをもって体現する。
その説得力は観客を〈可哀想な主人公〉と〈逮捕されてほしい悪党〉
という相反する評価の間で揺さぶり続ける。
兄ケニーに対する、揺るがない愛情の描写は、
本作の重いテーマの中で、唯一の希望の光でもある。
必死にもがき、破滅的な行動に出たとしても、
社会の残酷な現実は変わらず、
無情で希望のない夜は再び訪れる。
この作品は、社会の闇と、
そこで生きる人々の悲しくも力強い姿を深く問いかける、見応えのあるヒューマンドラマとして完成されている。
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