「まだ、人生を変えることはできる」ジェイ・ケリー かばこさんの映画レビュー(感想・評価)
まだ、人生を変えることはできる
一度しかない人生、仕事、家族、趣味、その他、何に重点を置くか。
バランスよく全部高得点は不可能なので、どれかに特化すれば他が疎かになり、でこぼこするのは必然。
人生を振り返ったとき、得たものはさておき、欠けているものに愕然とする。
還暦のジェイ・ケリーは、人生を、ふと振り返る。
最優先で邁進してきた俳優業は大成功、盛りを過ぎて下り坂とは言え、まだまだ世界的大スター(最後のスターとか言われている)だが、この先どれくらいの時間が残っているのやら。
家庭は冷え切り、心通わせる人間関係もない。孤独な自分が空しくなり、せめて娘たちとの仲を修復しようとするが空振り。特に長女との間には埋めることができない溝がある。自業自得。十分自覚はある。
スターあるあるで、献身的なスタッフの存在は勘定に入っていない。
彼らは常にジェイのそばで彼を支えてくれているのにまるで視界に入っておらず、自分は孤独だと嘆く。
仕事だから、と彼らへの感謝の気持ちなどない、というか「俺が食わしてやっている」感覚のよう。わがまま自己中で周囲を振り回してきたが、それも限界。
イタリアの地方の映画祭の功労賞を受け取る建前で次女のヨーロッパ旅行に同行すると勝手に決めて、同じ列車に無理やり乗って好き勝手に振る舞ったことで、今まで多かれ少なかれプライベートを犠牲にしてジェイに尽くしてくれたチーム・ジェイの面々はついにブチ切れ、愛想をつかして次々に列車を降りていく。そして長年の盟友であるマネージャー・ロンすら、ジェイを置き去りにしてタクシーで去ろうとする。ジェイは、ほんとうに孤独な見捨てられおじさんになってしまった。全部身から出た錆。
これもロードムービーと言っていいのか、人も含めたイタリアの田舎の風情がいい感じ。
少し昔のフランス映画のようなクラシックな雰囲気で、エンドタイトルのロゴもそれ風。
どことなく優美に、ゆったりと時間が進む。
還暦すぎのジョージ・クルーニーは往年の大スターを彷彿とさせるルックスで、こういう映画にとても合う。
情けなかったりみっともないところも剽軽に軽くこなしてどっぷり暗くならず、気取らない品の良さがある。
ユーモアがあり話し上手でサービス精神山盛り、笑顔が人々を虜にする大スター、キュートで輝いているんです。
思いがけなくスターと出会えた一般の人々とジェイの交流の様が、微笑ましく楽しい。
年齢なりの走り方も逆にスターの人間らしさにみえて、全力疾走はまあ、あんなもの。トム・クルーズが異常に若いだけ。
言いがかりをつけられての成り行きだったにせよ、ジェイが起こした事件がいつ表ざたになるのか、転落する話になるのか、ずっともやもやしていたが、お抱え弁護士にカタを付けてもらい穏便に済んでほっとした。
話をギスギス尖ったものにしないのがこの映画の趣と思う。
娘たちにも長年のスタッフたちにも去られたけど、ロンだけは留まってくれた、よかった。
ロンは周囲の人にまめに気持ちを割く愛情深い人で、それゆえ見捨てられなかったんだろう。長年、自分の9割くらいを捧げて二人三脚でやってきた盟友でもあるし。
「大スター・ジェイ・ケリー」を、自分の作品のように思う気持ちもあったと思う。メシの種でもある。
タレントのマネージャーという超多忙な身でも、常に家族を気にしており、「そんなことで俺に電話してくるな」と妻を怒鳴ったりしない。娘の脚が腫れたと聞けば、「それならこの薬を」と、普段の娘をよく知っているのだ。激務の中すごいことだが、義務感や面倒がっているところは皆無。家族に関わりたいのは自分の性分、家族は大事。だが、ジェイの次。
紆余曲折の末、なんとか参加にこぎつけた功労賞授賞式が、心に沁みる。
スタッフがいないのでジェイとロンのいい歳のおやじ二人が互いにメイクを整えあって身支度をするところは一見滑稽だが真剣な表情。油性マジックで眉毛を描いていて、手慣れて上手いのに笑ってしまった。大昔の、駆け出しのころはきっとこんなだったのでしょう。
授賞式の客席では、ジェイの功績を称えるショートムービーが始まる。
若いころから現在までの、彼が演じた数々のキャラクターがスクリーンに映し出される。
ジェイは、確かに高慢で自己中でわがままで周囲を振り回し、家族をないがしろにしてきた嫌な奴かもしれないが、彼が人生で最優先してきた俳優という職業においては、確かで素晴らしい実績を残しているのだ。
そして、隣に座るロンと、二人三脚で成し遂げてきた仕事でもある。
周囲を見渡せば、ジェイの記憶の中にある数々の顔が見える。
その一人一人の佇まいに、ジェイの人生のドラマが詰まっている。
ヨーロッパの映画のような、心がざわつく粋なシーンでした。
人生まだ終わったわけじゃない。自分を見つめなおし心から変わろうとするなら、修復できないものはあるにせよ、まだやり直すことができる。そういう可能性を見せて、映画は終わる。
時代に置いていかれつつあるおじさんふたり、傷を舐め合い罵り合って、下り坂を共に生きて行けそうです。
個人的には、ジェイが幼い娘たちのファミリーショーのビデオを見ているところにグッときました。
子供たちが小さくてかわいいころなんてほんの少しの間だけ。
もっと一緒にいて、飽きるほどかわいがれたら良かったなあ、と、息子ふたりを保育園に育ててもらった母としては、その時間が惜しまれてなりません。
行く先々で、出されるチーズケーキが微妙に違っていたのが面白かった。
スタッフが美味しいいいものを用意しようと都度心を砕いたに違いない。
ばかばかしい条項で、ジェイが自分で契約にいれさせておきながら文句ばかりで一口も食べなかったのに、最後はがっつり大きなひとかけらを食べていく。
自分のわがままを戒め、用意してくれた人のことを思いやるようになったんだな、と思いました。
コメントありがとうございます。
そしてかばこさんのレビューに激しく共感です!
それともうひとつ、鼻を折られたティモシーですが、彼もまた圧倒的な才能の差を痛感し役者を諦めたからこそ、家族に恵まれ別の道に就くことができたのだから、感謝することはあってもよかろうものを、今更ながらに嘆き、恨みつらみを吐くなんてと、この揉めるシーンにもさもありなんだなぁと感じてしまいました。
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