「闇と愚欲にまみれた教会の中にも、人は救済と赦しを信ずる」ナイブズ・アウト ウェイク・アップ・デッドマン 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
闇と愚欲にまみれた教会の中にも、人は救済と赦しを信ずる
今年はNetflix映画が豊作。
ギレルモ・デル・トロの『フランケンシュタイン』、キャスリン・ビグローの『ハウス・オブ・ダイナマイト』、賞レースを賑わせそうな『トレイン・ドリームズ』『ジェイ・ケリー』、サプライズな面白さだった『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』etc。
でも、真打ちはやはりこれ!
名探偵ブノワ・ブラン、三度!
今年の超期待の一本。待ってました!
これまで難事件を名推理で解決してきたブラン。
ある館で起きた名門一族の遺産相続殺人事件、絶海の孤島で起きたミステリーゲームを模した殺人事件…。
アガサ・クリスティーにオマージュを捧げた王道ミステリー風に、新味を加えたライアン・ジョンソンの演出とオリジナル脚本も見事。
さて、今回の事件と依頼は…
田舎町の教会で起きた殺人事件。
厄介な宗教に加え、状況から完全犯罪に等しい。
若い神父が容疑者とされている。
事の経緯はこうだ…。
ボクシングで相手を殺してしまい、深い懺悔と救いを求めて神父になったジャド。
実直な性格からトラブルを起こす事もしばしばで、いざこざから無礼な助祭を殴ってしまう。
彼を理解する司教の計らいで大事にならず、ある田舎町の教会へ赴任。それはある意味、試練でもあった。
その教会の神父が異端児。信者に“モンシニョール”(イタリア語で高位聖職者の意)と呼ばせているウィックス神父。
横暴な性格で、訪れた者を罵倒するような説教に不快感を示す者も。その一方、一部の信者からはカリスマ的に支持され、信者が減っているのに継続しているのはそれ故。
ジャドも早速洗礼。ウィックスから告解を受けるが、聖職者らしかぬ卑猥なもの。
当初は関係を保っていたが、次第に対立が深くなっていく。
決定的になったのは、ウィックス信者を集めた秘密の会合。ウィックスに知られ、激怒。ウィックスも対して信者を集めた秘密の会合を。(←ここ、伏線)
遂には殴り合いも…。
そして事件は起きた。
聖金曜日の説教を終え、ジャドと交代で奧の小部屋に入った時、大きな物音を発してウィックスが倒れた。
ジャドが駆け寄ると…
血を流し、絶命。背中には悪魔の柄の短剣が…。
どうやって殺された…?
小部屋は信者席からは完全に死角。こちらからは不可能。
唯一、講壇から。その時講壇に立っていたのはジャド。一番近くにいたのもジャド。死角の小部屋に入り、僅かだが何か出来るのもジャドだけ。
倒れた時ウィックスはまだ生きていて、小部屋に入って皆が来る前にジャドが…というのが警察の考え。
無実を訴えるジャド。しかしその一方、対立から本心では死を望んでいたのかもと…。
動機もあり、状況から有力容疑者。警察から疑われ、信者は離れていき…。
孤立するジャドの前に、実に約30分の前置きを経てやっとこさ現れたのが、我らがブラン!
今回ブランは依頼を受けたのではなく、たまたま事件を聞き興味を持って来た。
絶対に実行不可能な殺人事件。私の得意分野。
そんなブランにも不得意分野が。
信じるのは確かな真実だけで、信仰心は無い。
その方面で助言を。ジャドに協力を申し込む。
珍しくホームズ&ワトソンみたいなバディ結成かと思ったら、ワトソンは“容疑者”でもあった…!
まず、本事件の関係者を。
殺されたのはウィックス神父。
マーサ。幼い頃からこの教会に務め、運営からシスター代わりから雑務までこなす。
ナット。信者の町医者。
ヴェラ。信者の弁護士。
サイ。ヴェラの養子でYouTuber。
リー。信者の作家。
シモーヌ。信者のチェリスト。
サムソン。教会の管理人。
そして有力容疑者が、ジャド。
調べ始めると、出るわ出るわの教会の闇や歪んだ人間関係…。
アル中であったウィックス。説教の合間、小部屋に隠しておいた酒瓶から飲酒を。
あの時も部屋の隅に酒瓶が。ジャドは咄嗟にそれを隠した。
ウィックスの為ではなく、ウィックスを敬愛する信者の為に。
ところが、信者たちの間では周知の事だった。
信者たちも各々問題を抱えていた。町医者、弁護士、作家、YouTuber、チェリストとしてあまりいい噂が無い。
ウィックスは彼らの問題を知っている。信者もウィックスの問題を知っている。それが原因で…?
さらにもう一つ浮かび上がったのが、ウィックスの生い立ちと教会に纏わるある秘宝。
そう話すのは、長年教会に仕えるマーサ。
教会の創設者はウィックスの祖父プレンティスで、皆から敬愛されていた。マーサも慕っていた。
プレンティスが所有していた“イヴのリンゴ”と呼ばれるダイヤ。
プレンティスはそれをウィックスの母グレイスに譲るつもりでいたが、グレイスは“あばずれ娼婦”と呼ばれ、皆から忌み嫌われていた。実子のウィックスさえも。
譲ると堕落すると直感したプレンティスは結局譲らぬまま亡くなった。
グレイスも発狂するほど教会を憎み、亡くなった。
それを目の当たりにしてきたマーサ。
プレンティスが亡くなった時、ダイヤは紛失。しかし、今も教会の何処かにあるかもしれない…。
ウィックスが実はダイヤの在り方を知っていて、それを狙う者に殺された…?
実際、マーサ以外にダイヤの存在を知ってる者もいた。
サイ。実は彼は、ウィックスの実子。嫌っていた母親と同じような女性と行きずりで。
サイは育ての母のヴェラと縁を切り、ウィックスに近付く。神父であるウィックスの社会的地位、YouTuberである自分の影響力、プレンティスの秘宝さえ見つければ、天下無敵。
ウィックスは今の職や信者たちにほとほと嫌気が差しており、実子と新たな生き方を選ぶ。
その決別として、聖金曜日の説教で愚かな信者たちの罪を暴こうとしていた。(これがウィックスと信者の会合の真意)
阻止する為に殺された…?
あっちでこっちで、浮上し散らばる怪しい人物や動機。
ピースは充分。ブランも何か掴み掛けているようだが…、
決定的ではない。密室殺人のトリックさえ解けていない。
ブランでさえ今回の事件や殺人を“不可能”と言わしめるほど。
警察は変わらずジャドをマーク。
“ホームズ&ワトソン”として事件究明に当たっていたブランとジャドだが、ブランとの価値観の違い、己の信仰心から遂に決別。
そんなジャドに、衝撃の出来事が…。
教会敷地内にある霊廟。プレンティスなどウィックス家の者の遺体が納められている。
ジャドはそこで見た。霊廟から出てきたのは、ウィックス…!
タイトル通りの“ウェイクアップ・デッドマン”…?!
その様子は監視カメラにも収められていた。本当に死者が蘇ったのか…?
しかしその場にあったのは、ウィックスの格好をしたサムソン。死んでいた。
ジャドが霊廟を掃除していたサムソンをウィックスが生き返ったと恐怖のあまり錯乱し、殺したのか…?
警察はそうと決め、ジャドを指名手配。
サムソンは何故ウィックスそっくりの格好を…? これがブランの推理を動かせる。
ブランはある人物に連絡を取る。その人物も危ない…!
その人物の自宅に駆け付け、地下室で発見する。
硫酸のような薬湯で、半身白骨化したウィックスの遺体と、湯船の中で完全白骨化した遺体。それはナットだった…。
一体何がどう繋がっている…?
ブランは遂に真実を掴んだようだ。
関係各位を集め、説教スタイルで講壇に立ち、推理を披露するが、突然口をつむぐ。さらには敗北を宣言する…。
真実は掴めなかったのか…? ブランでさえ解決出来なかったのか…?
否。事件には教会の闇も関わる。下手すりゃ教会の名声は地に堕ちる。そして、当該人物に配慮して。
今回のブランはそうなのだ。これまでなら無礼も承知でしゃしゃり出るのに、今回は所々でブレーキを掛ける。
宗教絡み。犯罪は許し難いが、ジャドに感化され、最後は赦しや救済の手を差し伸べる…。
より人間力を増したブラン。長髪にイメチェンし、ロマンスグレーさも増したダニエル・クレイグが素敵。
ブラン、ジャド、そして当該者だけで真相を語る。
対した当該者は、マーサであった…。
首謀者はマーサ。
しかし、マーサ一人では不可能。協力者が。
その一人が、ナット。医者の彼いなくては密室殺人は不可能だった。
小部屋の酒瓶にナットが調達した超強力な睡眠薬を。傍目には死んだように見える。
ジャドが小部屋に駆け付けた時、ウィックスは生きていた。死んだと勘違いした。
なら、流血や悪魔の短剣は…?
これはマーサが。流血は血糊、短剣はマーサがウィックスに祭服を着せた時、服の下に仕込んでいた。
あの時、検視に見せ掛けてナットがジャドと入れ替わりで小部屋に入り、ウィックスがあたかも死んだかのようにカモフラージュした。
霊廟から現れたウィックスは…?
これは無論サムソン。マーサを愛していたサムソンはもう一人の協力者。
そもそも、マーサは何故こんな犯行を…?
マーサにとって全ては、教会を存続させる為。
ウィックスがサイと共に去れば、教会存続の危機。それを阻止。横暴なウィックスを亡き者に。
その上で、ウィックスを死から蘇ったと仕立てあげる。そうなればもはや“神”。神が蘇った教会は安泰…。
ところが…。
ダイヤの在り方を知っていたマーサ。ダイヤはプレンティスが飲み込み、その遺体の中。
これを餌にしてナットに協力を持ち掛けたのだが…、医者として窮地に立たされているナットは、ダイヤを狙って欲望を露に。
ジャドがサムソンを殺したと思われたが、実は殺したのはナット。
マーサにとってこれは誤算。サムソンの死に深い後悔を…。
ナットが自分を殺そうとしている事を知り、逆に例の睡眠薬をナットに飲ませ、薬湯で殺害を…。
ダイヤへの欲望。教会存続の為に…。
複雑な教会殺人事件の真相は、本当に複雑に絡んだ各々の思惑が引き起こしたものだった…。
その為、今回は前2作に比べ結構入り込んでいる。
田舎町の教会が舞台なので、雰囲気的にもダークで地味。
名門一族の遺産相続事件や絶海の孤島など前2作のようなパッと見でも分かる派手さを期待すると退屈さを感じるかもしれないが(実際、ブランの登場や本筋に入るまでちと長い)、その分じっくり系ミステリーの醍醐味は格別。
本筋に入れば謎や展開に一気に引き込まれ、真相究明のクライマックスへカタルシスも充分。
豪華キャストも本シリーズの魅力。勿論本作も。
実直さと信仰心と苦悩を体現したジョシュ・オコナー。殺され役だがサノス級インパクトのジョシュ・ブローリン。グレン・クローズはキーパーソンとしてさすがの名演と存在感。他にも実力派から注目株までアンサンブルする中、ジェレミー・レナーにとっては本作が不慮の事故からの完全復帰作。その姿にホッと安心。また弓矢で活躍もしてね。
今回も期待通りの面白さ! 3作、甲乙付け難い。
惜しむらくは、配信でいつ何処でもすぐに見れるのは有り難いが、この極上探偵ミステリーをやはり劇場大スクリーンで見たかった…。
尚現時点で、Netflixと本シリーズの間で交わされた契約は終了。『1』のヒットの後、Netflixが高額オファー独占契約したのは続編2本だった。
えっ…。という事は…? シリーズはこれでもう…?
いやいや、そんなまさか! この名シリーズと名探偵をこのままみすみす終わらせる輩は今の映画界に居やしないだろう。
今ワーナー買収で波紋を広げているNetflixだが、再契約して続行するかもしれない。別会社と新たに契約してスクリーンに戻ってくるかもしれない。
しばしのお別れ。
ブノワ・ブラン、いつの日か必ずまた、お会いしましょう。

