「クセ強キャラだけで終わらない」ナイブズ・アウト ウェイク・アップ・デッドマン 蛇足軒妖瀬布さんの映画レビュー(感想・評価)
クセ強キャラだけで終わらない
通常の殺人事件の謎解きミステリーにおいては、
登場人物は事件のギミックを駆動させるための、
〈通り一遍の、クセ強キャラ〉の紹介に留まることが、
許容されるケースが多い。
その役割は、
あくまで名探偵が解き明かす謎の背景を彩るための記号的な存在に過ぎない。
しかし本シリーズ、
そして今作は、この常識を完全に凌駕する。
更には、
南部なまり、フランス名、
乱闘ほぼなし、カーチェイスなし、
猟奇、連続なし、
火器類なしの名探偵、
〈長袖ください〉以上の、
ほとんど発明に近い、とは言い過ぎか。
具体的に説明していこう。
単なる豪華キャストのアンサンブル映画を超え、
その技術力の高さに裏打ちされた説得力が際立っている。
豪華なキャスト陣が集結した結果、
単に難易度の高いシナリオに挑戦できたのか。
それとも、彼らの卓越した芝居と演出の技術が高いからこそ、
監督、脚本ライアン・ジョンソンがシナリオを際限なく深く、
リハーサルを重ねて、
多彩な感情のスペクトラムを、
バチバチにぶつけ合うキャストに、
当て書きしていったのか。
その両輪の相乗効果こそが、
本作の強固な基盤となっている。
本作が舞台とする、
閉鎖的な田舎町(教会)を舞台にしたシチュエーションは、
登場人物たちそれぞれの業と本質を極限まであぶり出す。
感情的で暴力性を秘めた聖職者、
攻撃的で自己中心的な小説家、
怒りに満ちた陰鬱な医者、
狂信的なまでに教会に傾倒する音楽家
〈ロケット〉の落書きが示す、
過去の忌まわしい出来事と、
登場人物たちの現在の歪んだ関係性が、重層的なサスペンスを生み出す。
彼らは、世間的な常識を保つべき〈人格者のはず〉という前提を巧みに利用しつつ、
その内側には〈ならず者以上、殺人者未満〉の危うさを秘めている。
この、善悪の境界線上の微妙なバランスと、
そこから滲み出る人間的な滑稽さ、
あるいは悲哀を描き出す匙加減の魅せ方の技術こそが、
本作最大の魅力と言えるだろう。
このならず者以上のリアリティは、
個々の役者の力量だけに依るものではない。
教会の光と闇、田舎町の人間関係の閉塞感を、
象徴的に表現するプロダクションデザインとライティングとカメラワーク。
芝居、演出、シナリオ、美術、撮影、すべてが有機的に絡み合い、
極めて高い技術力で結実している。
本作は、単に「犯人は誰か」を問うミステリーだけではなく、
豪華キャストが織りなす「人間という存在の滑稽さと業、そして赦し」を、
極上のエンターテイメントとして提示した、
現代ミステリー映画の中でも、
ハイレベルの作品と言ってもいいだろう。
今後、ライアン・ジョンソンが、
「ポーカーフェイス」シリーズと、
こちらのどっちを優先するのか、
楽しみではある。
【蛇足】
トム・ウェイツも良かったが、
ジョン・グッドマン(そっくりさん?)の、
「ビッグ・リボウスキ」の衣装、サングラスも良かった。
