「内田英治の剛腕で北川景子に見えない北川景子」ナイトフラワー ひぐまさんさんの映画レビュー(感想・評価)
内田英治の剛腕で北川景子に見えない北川景子
「ミッドナイトスワン」(2020年)から5年。またしても完成度の高い作劇と剛腕の演出を見せた内田英治。あくまで僕個人の評価ではあるが「国宝」がなかったら間違いなく今期ナンバーワンの映画になることだろう。
設定はよく見る紋切り型。夫に逃げられ巨額の借金を背負い、2人の幼な子とともに大阪から東京の片隅(蒲田なんだよこの設定がまず秀逸!)に逃げてきた夏希。バイトを掛け持ちし昼であろうと夜であろうと懸命に働いてはいるが、どんなに頑張っても家計は追いつかない。明日の食べものにさえ困る窮状の中で、合成麻薬の売人という危険な仕事に手を染める。そんな彼女を偶然助けた格闘家の女・多摩恵とバディを組んで商売を広げていく。経済的にも少し救われるように見えるが、そんな日々は順調には進んでいかない。
と、これだけ書くと「なんだまたかよ安っぽい話か」と2時間ドラマで充分と言いたくなる。ところが主役の北川景子がまったく我々の知る北川景子に見えない。実際に夜に蒲田(T急側)を歩けば「クスリありますよ」と現れそうな雰囲気を漂わせる。あの化けっぷりは見事と言うほかはない。そこに絡んでボディガード兼親友となる森田望智もまたどこをどう見ても格闘技をやっていそうな身体に搾り上げていた。女優ってすげぇ。森田なんかとても「〇〇ざぁます」などと股を広(自粛
この2人の仕事に震えを憶えた。今年の女優賞はかたっ端から持って行ってしまうのではないか。そのぐらい圧巻。本気の仕事を見た。
上手さは美術や小道具といったスタッフにもあてはまる。今の時代、夏希の団地のような貧乏家庭の方が家の中に物が多い。逆になんでも買える星崎のような高収入の家はスッキリと整頓されている。夏希の家は具のないケチャップ炒めのご飯。稼ぐようになった後に晩御飯用の肉を選ぶ際もステーキにすればいいのにもう一方を選ぶ(しかも出来はさほど大きくもない)。よく見ているいい目をしている監督もスタッフも(恐らくレンズも替えている)。
内田監督は自身で脚本を書くタイプだが、彼の作劇には説明セリフが一切なく軸にブレがない。説明なんかなくたって映像を見るだけで人物全員の立ち位置が明確にわかる。今回も逃げた夫の話や闇の元締めのサトウ(渋谷龍太。これもイイ)に元刑事の岩倉。全員肝心なところにちょっとだけ絡んできて(夫は出てこない)さっと本筋からは離れていく。僕は「最後は結局警察のご厄介になるのだろう」と推定していたのだが、現役警察官は途中に2人しか出てこない。現実には売人を捕まえてもどうにもなるものでもないしな。作り物の映画は予想の斜め上を描く。
脚本の見事さはまだまだある。子供たちだけで夜の街に出て借り物のバイオリンで小銭を稼ぐ。これだけでも背景がすべてわかる。一事が万事この調子で最小限の情報量で「これぞ映画だ」という作りを魅せる。先週某H田天狗監督の残念なまんが映画を見て「やはり脚本家を入れないとアカンわ」と鼻白んだが一週間ですっかり全快した(笑)。
もうひとつ、これも書いておきたい。多摩恵の見せ場である終盤の格闘技イベント。奮闘は見せるものの最後は元女王のベテラン選手にボコ殴りにされてしまう。そこのシーン、夏希に送られる視線は光を失わず、「見なきゃだめだよ」と小春に諭され見つめる夏希のまなざしには冗談抜きに震えた、凄いシーンだった。格闘シーンはガチで双方とも当てに行っているように見えるし、別の試合後ではさっきまで殴りあっていた2人が「ありがとうございました」と礼を交わす。
つまり内田監督は事実は事実として正確になぞろうとし、手抜きの演出をしないのだ。物語という大きなウソをつく以前に、小さな真実をこつこつと積み重ねることをまったく厭わない。今日ではなかなか見られない映画監督らしい監督だ。
あえて失点と言えるのは長女の小春のバイオリンを巡る同級生とのトラブル。唐突すぎる。中盤でプロを目指す子供たちが通う教室に進めるまでにはなるが、そこの先生からとりわけ厳しく当たられる。その表現だけでいいのではなかったのか。しかも〇を切られ自身も指を血に染めていたはずなのにその後のシーンで包帯すら付けていない。このシークエンスは不要とも思える駄目押しではなかったかたとも思える。その後の長男・小太郎のやんちゃさでさらに金が必要となってしまう流れゆえ、長女を巡るアレはなくてもよかった。
最も我々の心を捉えるのがラストシーン。僕は「最後は結局警察のご厄介になるのだろう」と推定していたのだが、前述通りもう警察は出てこない。その予想の斜め上を映画は描く。あの状況で、しかも「運動会」を連想させるような〇〇の音も響き、どこをどう考えてもあんなハッピーエンドっぽく収まるわけがない。しかし画面では真逆の幸福感に溢れ、花は咲き映画は終わる。あれは現か幻か。そこに余白を描くとは、内田監督はもはや名人の域を見せていると…言ってしまっていいのかないいだろうこの際。
舞台は東京都の蒲田。夜ロケは横浜の伊勢佐木町の隣りの福富町が用いられていたが、すべて蒲田を舞台と設定していた。福富町も相当にヤバい街ではあるが、この映画ならばやはり蒲田で正解。新宿や池袋ではないだろう。
いやしかしこの映画は凄い。製作費もさほどかかっていないにしろ重厚感に溢れた傑作。冒頭に記したように僕的に今期ここまで2位。僅差の2位。
これはもう一度見ようかなと本気で思っている。お見事!
【追記】報知映画賞で北川景子が主演女優、森田望智が助演女優賞を獲得した。妥当だと思う。おめでとうございます。
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