「まず第一に脚本が見事である」爆弾 Dickさんの映画レビュー(感想・評価)
まず第一に脚本が見事である
❶相性:上。
➋時代:現代、2020年代。
❸舞台:東京。
❹主な登場人物
①スズキ・タゴサク(✹佐藤二朗、55歳):
謎の中年男。酔って暴行を働き逮捕された。取調室で名前以外のすべての記憶は失っていると主張し、霊感で刑事の役に立つことができると申し出る。爆破予告とクイズを繰り出しながら、刑事たちを翻弄していく。知能犯。
②等々力(とどろき)(✹染谷将太、32歳):
野方署の刑事。スズキタゴサクを初めに聴取する。なぜかスズキに気に入られ、爆発に関する予言を打ち明けられる。予言が現実となる中、スズキの秘密を探っていく。
③清宮(✹渡部篤郎、56歳):
警視庁捜査一課・強行犯捜査係の刑事。スズキタゴサクと交渉する。スズキが仕掛けるゲームに粛々と付き合い、対話を深めながら情報を引き出そうと試みる。
④類家(るいけ)(✹山田裕貴、34歳):
警視庁捜査一課・強行犯捜査係の刑事。清宮の部下。もじゃもじゃの天然パーマに丸メガネの野暮ったい見てくれながら、ギラリとした鋭い観察眼と推理力を持つ。正攻法の清宮がスズキに敗れた後を引き継ぎ真相に迫る。
⑤倖田(✹伊藤沙莉、30歳):
沼袋交番勤務の巡査。先輩の矢吹と常に行動を共にする。スズキタゴサクが問題を起こした酒屋に臨場し、野方署へ引き渡す。猪突猛進な行動派で、爆弾捜索に奔走する。
⑥矢吹(坂東龍汰、27歳):
沼袋交番勤務の巡査長。伊勢をライバル視しており、交番勤務を卒業し、刑事になるチャンスとして野心をみなぎらせながら爆弾捜索に打ち込む。
⑦伊勢(✹寛一郎、28歳):
野方署の巡査長。取調室でスズキタゴサクの事情聴取につきそい見張り役を務める。スズキを観察しながら、その自虐的で不気味な発言に不快感をにじませる。
⑧鶴久(正名僕蔵、54歳):
野方署の刑事課長。
⑨長谷部有孔(ゆうこう)(✹加藤雅也、61歳):
警視庁捜査一課のベテラン刑事だったが、4年前、職務中に不祥事を起こし、スキャンダルとなり、鉄道自殺する。
⑩石川明日香(✹夏川結衣、56歳):
長谷部有孔の妻。夫のスキャンダルでマスメディアとSNSの餌食にされる。更に、夫の飛び込み自殺で莫大な損害賠償を求められ、一家離散し、ホームレス状態になる。
⑪石川辰馬(片岡千之助、24歳):
長谷部有孔と石川明日香の息子。父親の自殺を機に会社を退職し、シェアハウスに住みながら、密かに爆弾テロを画策する。
⑫石川美海(中田青渚、24歳):
長谷部有孔と石川明日香の娘。スタイリスト。
❺考察:命は平等ですか?
①警察の必死の捜査にも関わらず、幾つもの爆発が起き、死傷者が出る。一般の巻き添え被害者も出る。
②二つのトラップ事件では、スズキは「子共」と「ホームレス」のヒントを出すが、警察は児童施設のみを捜査し爆発を防ぐ。しかし、炊き出しに並んでいたホームレスとボランティアの人たちが爆発に巻き込まれる。
③これに関し、スズキが清宮刑事に問いかける:「命は平等ですか?」
④スズキは二律背反のゲームを用意していて、清宮の正義感を傷つけたのだ。激怒した清宮はスズキの指を折ってしまう。組織に忠実な清宮にとっては他に選択肢がなかったのだが、清宮はゲームから脱落し、類家と交代する。
⑤「正義」に関わる二律背反問題は、幾つもの傑作映画に描かれている。
⑥ジョー・ライトの『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男(2017英)』では、最高責任者のチャーチルが、ダンケルクで孤立した30万人のイギリス兵を救う為に、カレーの守備隊の4千人のイギリス兵を犠牲にする重い決断をしている。
⑦クリストファー・ノーランは『ダークナイト/ The Dark Knight(2008米)』の中で、人命に関わる2つの決断を描いている。
ⓐバットマンと共に、ゴッサム・シティを立て直そうとしているハービー検事と、2人が恋するレイチェルが、ジョーカーにより誘拐され、どちらか1人しか救出出来ない。結果はレイチェルが犠牲になる。
ⓑジョーカーが、市民の乗った船と、囚人の乗った船の両方に爆弾を仕掛けた上で、片方が爆破されればもう一方は助けると宣言する。結果は、市民と囚人の双方が相手を殺す事を拒否する。
⑧社会派シドニー・ルメットの『未知への飛行/Fail Safe(1964米)』は、東西冷戦下のアメリカとソ連が舞台。アメリカの爆撃機が誤情報によりモスクワを核攻撃してしまう。米大統領はソ連の報復による全面核戦争を回避するため、米空軍により、ニューヨークを核攻撃させる。史上最大の究極の選択である。
⑨ハーバードのマイケル・サンデル教授は、『これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学(2010)』の中で、「正義と公正」について、重要な問題を分かり易く提起している。
ⓐ「1人の命を犠牲にすれば5人の命が助かるなら、1人の命を犠牲にすることは正しいのか?」。
ⓑジェレミー・ベンサムの功利主義に関しては、「最大多数の最大幸福が正しいのか?」と問う。「最大多数の最大幸福」は、少数派の不幸を認めることでもあるのだ。
ⓒそして、「自分が生きるために人の命を奪うのは正義か?」、「命に値段をつけられるのか?」、「愛国心と正義はどちらが大切?」等に関して、具体例を挙げて議論している。
ⓓこれ等は、「正義」をめぐる哲学の問題である。社会に生きる上で我々が直面する、正解のない、にもかかわらず決断を迫られる問題である。
❻まとめ
①本作は、東京のどこかに仕掛けられた複数の爆弾を巡り、知能犯スズキ・タゴサクと警察官たちとの取調室での心理戦と、都内各地での捜索模様が、同時進行で描かれるリアルタイムの謎解きサスペンスであり、終始ハイテンションで見応えがあった。
②まず第一に脚本が見事である。犯行動機、実行計画、仕掛けられたゲーム、警察の対応、知能犯による警察の取り崩し等々、エンタメとして上出来である。原作未読だが、原作の長所を生かしていると思われる。
③もう一つは、役者の演技。中でも、クイズ形式でヒントを出し、警察を翻弄する犯人を演じる佐藤二朗に迫力がある。冷酷・冷静に、時にはユーモアを交えて、早口でまくし立てる様に舌を巻いた。助演男優賞は固いと思う。対する山田裕貴他の警察の描き方も勝るとも劣らぬ出来栄えであった。
④全体としては、上記❺に示した問題提起がなされていること。これにより、本作の厚みが増している。
⑤更には、無責任なマスメディアやSNSへの警鐘もある。
⑥一方、短所もある。
⑦一つは、犯人側のスズキや石川明日香と辰馬の人物象が希薄であること。これについては、既に原作の続編が出版されていて、そこで詳細が語られるようなので、いずれ映画化されるだろうパート2を待ちたい。本作の興行成績が良さそうなので、時期は遠くないと思われる。
⑧もう一つは、多数の死者が出ること。犯行が爆弾テロなので、死者を出すことが必須なのかも知れないが、善良な一般市民が犠牲になるのはやりきれない。
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