「被害者と加害者、あるいは孤独と仲間」爆弾 M.Nさんの映画レビュー(感想・評価)
被害者と加害者、あるいは孤独と仲間
原作未読です。
エンタメ性は抜群で、そもそも爆弾が次々と爆発するというカタルシスと、それによって人が死ぬという残酷性をフィクションで観れるという劇物めいた快感がとても強い作品だと思います。しかも、それでしっかり多くの人間が死んでいくところは最近の邦画ではなかったな、というところでした。公園でホームレスやボランティアが死んだところだけでも残酷(そこでスズキが清宮に突き付ける「幼稚園児じゃなくて安心したでしょ。命は平等だと言っておきながら」という言葉も相まって)ですが、続けて、都心の各駅で自販機が爆発して更に多くの死人が出て東京が文字通り大パニックになるという構図は新鮮でした。なんだかんだ言って、最近の作品では爆弾を未然に防げたし、あの「ラストマイル」でも死人は真犯人だけだったというオチだったので、ここまで自己実現のために周囲を巻き込む犯人を出したのは、エンタメ的にも凄いことですが、現実社会に照らした時、余程リアルな描写だと思いました。
坂東さん演じる交番勤務の警官の片脚が爆発で吹っ飛んだのは、個人的にこの映画の白眉だと思うところです。スズキは、言葉巧みに刑事たちの罪悪感や野心を煽り、篭絡し、罠に嵌めては嘲笑っていくのですが、その根底には、自分をバカにして見下してきた世間や大衆への激しい憎悪が見受けられる訳で、取り調べ中に急に激昂(演技も入っているでしょうが)する内容からもそのことが把握できます。その「理不尽」という言葉が、目の前で交番勤務の善意ある警官に襲い掛かった瞬間だったと思うため、上記のシーンを上げさせていただきました。
そこに至る「クイズ勝負」も刑事たちが総力戦でたった一人のホームレスに立ち向かい、時には勝ち、時には大敗北を喫するという王道展開で構成されていて、やはり王道展開はエンタメの肝だな、と思いました。基本的には、今回の勝負は見た目的にはスズキ一人に警察だけでなく大衆までもが躍らされ、自己嫌悪を抱かされて、大混乱に陥った訳ですから、完全にスズキの勝利のようにも見えますが、スズキは最後に「この勝負は引き分けです」と真面目な顔で告げます。それは何故でしょうか。
前年の「ラストマイル」でも同じことが描かれていましたし、もっと言えば先日見たばかりの「愚か者の身分」でも同様だったのですが、個人的にこの作品は「みんなから無視され続けた者が、無敵の存在となってみんなに復讐しに来る」というテーマ性が込められていると思います。スズキの正体は最後まで不明だし、本当の意味で思ったことが分かることはないのですが、恐らくホームレスになってしまうようなことがあり、そこで出会った夏川さん演じる石川にすら利用されることを悟り、彼女に失望することで「もうどうでもいいや」と振り切ってしまったのでしょう。
この作品が上記2作品と違うなと思うところは、目的が煩雑な割に殺意によって研ぎ澄まされているところだと思います。「愚か者~」は、社会に見捨てられた底辺の若者たちが反社も含めた大人たちに歯向かっていく物語ですが、その目的は「普通の暮らしを普通に送りたい」という平凡さがありました。「ラストマイル」も、社会全体に大きな影響は及ぼしましたが上記のように人は殺さず、かなり目標を絞った捨て身の犯行に出ていることが分かります。そこに切なさもあった訳ですが、今回の作品については、本当に「社会全体」への敵対行動となっていて、本当に無関係な人も殺しまくっているところが全く違うなと思いました。
一方で、スズキからしてみれば自分がこうなったのは、世間が自分を見下してきたという劣等感から来る憎悪によるものかと思います。だから、無関係であっても社会の一員というだけで自分の敵になってしまうのだと思いました。それは、実際に爆弾を作って仕掛けた石川の息子たちや、SNSで自分の動画を拡散する浅薄なネットリテラシー所持者である学生等にも向けられました。犯人の一人が好きだった秋葉原を攻撃したり、最後に大惨事を引き起こす切っ掛けになった自販機を、発端となった暴力事件時に壊すことで皮肉と示唆を込め、動画を拡散する若者を嘲笑するように「あなたたちのおかげで爆弾が爆発する」と軽はずみな行動に重すぎる責任を結び付けたりと、普通に暮らしていれば自分よりも器用に生きて自分を見下してきた相手を徹底的に見下そうとします。
ただ、そこには「人間は下らない」という主張以上に「もっと俺を見ろ」という強烈な自己顕示欲が見て取れます。取調室に殴りこんできた倖田からの視線を受けて喜び、「射精しちゃいました」とまで言えてしまうところからも、とにかくスズキは人から見てもらうことに飢えているのだということが分かります。自分が向けられる憎悪すら餌にして喜びに変換できる非人間性の前に、倫理観はあまり意味はないかのようにも思えました。
しかしその一方で、この映画はスズキと対照的に警察関係者を描くことで、「誰かと一緒にいること」の大切さを説いてもいます。スズキによって無意識的にホームレスやボランティアよりも幼稚園児を選別させられた上に「お前は歪んでいる」と突き付けられた清宮は心が折れ欠けますが、そこで類家は彼を叱咤し、「他がやるより清宮さんがやった方が良い。それが無理なら俺をサポートしてください」と不器用ながらも激励していますし、交番勤務コンビと伊勢の関係性からも、ラストシーンなど含め多くの掛け合いから心の繋がりが見受けられました。
それが如実に表れていたのは、染谷さん演じる等々力が、死んだ先輩刑事の失態を受け容れていた心境を後輩に告げたシーンです。曰く「この人のためなら一線を越えても良いと思えた」というようなニュアンスだったと思いますが、つまり、法や規律を超えた先に人間関係はあるということだと思います。最終的には、もう一人の犯人だった石川すら娘が抱き締めに来たのですから、そのメッセージ性は明確だったと思います。その点、社会に憎悪ばかりを向けているだけで繋がることが出来なかったであろうスズキには理解できない感情なのだと思います。
物語のラスト、スズキは類家に共感してもらったことで笑い泣き(本当にこれが出来たのはひとえに佐藤さんの熱演あってこそだと思います)した後、その類家から「石川は信頼するアンタに告発して欲しかったんじゃないのか」と突き付けられ、「根拠のない憶測ですね」とコミュ障じみたことを言います。続けて類家が「俺は現実から逃げないよ」という感じのことを言われると、一度は言い返そうと振り向くも、真正面から自信満々に言う類家に何も言えずに去っていくことになりました。等々力からも「俺はこの世界をつまらないと思ったことはない」という感じのことを言われて、本当に納得したように「なるほどです」と頷きます。こういうことがあっての「引き分けです」だったのかも知れないと思いました。
スズキの社会的正体は不明でしたが、個人的には、社会に無視され続けてきた結果、承認欲求が肥大化したホームレスが、ふとした切っ掛けで自己実現の機会を得て、多くの人間を巻き込んで承認欲求を満たそうとした。それだけの憐れな存在だったのだと思いました。
個人的には、もっと類家とスズキのクイズ勝負が観たかったので、☆半分を削らせていただきました。
それでも、総評としてエンタメ性は抜群でありつつ、ちゃんと現代社会に通じるテーマとメッセージ性を持った稀有な作品だと思いました。
映画チケットがいつでも1,500円!
詳細は遷移先をご確認ください。
