「タゴサクにカンパイ」爆弾 ちっちゃなきょゥじんさんの映画レビュー(感想・評価)
タゴサクにカンパイ
タゴサクに完敗? 乾杯?
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ネタバレされたくなかったので、初日に鑑賞。先が読めない序盤は白眉。種が徐々に明かされ始めても、抜かりないミスリードで、事態が進むにつれて認識が変わっていく展開も巧み。中盤でタゴサク(佐藤二朗)が「野方警察署だけは安全」とあまりに繰り返すので、最後は取調室ごと爆破されんだろうなと思い込んだが、終盤のスカし方も見事。とにかく観客の手玉の取り方がお上手な、至極のサスペンス。
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1. キレイ事なしの「容疑者Xの献身」
未読の原作はともかく、映画では主犯格の2名が完落ちしないので、真相は藪の中のまま終わる。なので、探偵役の類家刑事の見立て(推理結果)が当たっている事を前提に議論します。
「容疑者Xの献身」(2005本, 2008映)は天才数学者が、好意を抱いていた母娘の殺人を、大きな自己犠牲を払ってまで隠蔽しようとする話。タゴサクも、息子・辰馬(片岡千之助)を殺した石川明日香(夏川結衣)に相談された事に端を発する。本来事件と全く関係なかったタゴサクが、辰馬に爆弾を仕掛けたり、辰馬の計画になかった秋葉原や代々木まで爆破したのは、容疑者Xの様に"真犯人"になり代わり、明日香を事件から遠ざけようとしたように、中盤まではみえる。
ただ「容疑者X…」と決定的に違うのは女性側の反応。「容疑者X…」では、探偵役の湯川の説得もあり、最後には自首して数学者に感謝し謝罪する。一方、「爆弾」の明日香は、爆弾を送りつけ、動画で居場所を知らせるタゴサクに誘導されるまま、タゴサクを爆殺しようとするし、逮捕後も全てタゴサクに押し付ける様な証言をする。「容疑者X…」が事件の隠蔽こそ失敗するが、プラトニックな片想いがある意味成就したのに対し、「爆弾」では明日香がタゴサクの友情?愛情?を利用しようとした事に対して、タゴサクを爆破しようとさせ、逮捕させる復讐劇にもみえた。
ともすると、「容疑者Xの献身」からキレイ事を一切排除して書き直せと言われたら「爆弾」のようなサスペンスになるのかもしれないとも思いました。
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2. 負け続けた警察、最後もタゴサクの思い通り
本作に足りない点があるとしたら「痛快さ」かもしれない。何故って、警察は終始タゴサクに負け続け、多数の市民が爆破で死傷する。自販機が爆破すると特定できた場合ですら、上層部の判断ミスで大勢の利用客が吹き飛ぶ。明日香の動きを察知した類家の読みも、結局彼女が起爆スイッチを押すのは防げなかった。爆弾が偽造だったから助かっただけだし、彼女の逮捕もタゴサクの思惑通り。
仇役のタゴサクを応援していれば痛快かもしれないが、個人的には正義の味方の探偵役にいい処がほとんどない話は物足りなく感じる。
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3.タゴサクは何処で語りを鍛えた?
映画ではタゴサクの素性が殆ど語られないものの、ホームレス生活がかなり長そうではあった。ホームレスにも仲間が居ない訳じゃないが、仕事として接客したり、営業やプレゼンで相手を説得する機会が無いホームレスに、滔々した語りが身につくだろうか? 若干独り善がりだがそこそこ理に適った主張を、自虐を挟みつつ、時には大声で強弁する演説ができるだろうか? 普段人と接する機会が少ないとコミュ障になりがちだが、タゴサクはどうやってあの会話力を鍛え、維持したのか?
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4. 複数犯の犯行リレーは現実的か?
犯人当てが主眼の物語では、共犯者や協力者の存在を推理する事も欠かせない。ただ、犯人が1人(1グループ)じゃなく、独立に複数いるみたいな設定はファンタジーがすぎる気がする。本作でも、3グループが犯行をリレーする。
第1群 石川辰馬+2名 ... 3名で爆弾を仕掛け、2名を辰馬が毒殺
第2群 石川明日香 ... 息子(辰馬)の犯行を知り、爆破計画を止めるため刺殺
第3群 スズキタゴサク ... 明日香に相談され、辰馬の遺体に細工 + 辰馬の計画を乗っ取り、秋葉原と代々木も爆破
ただ、これだけの人間が関わると、誰かが警察に通報しないか? 母が息子の犯行計画を阻止しょうとするのは必然でも、刺殺という悪手を選ぶだろうか? 正義心が勝てば通報、母の愛が勝てば息子に逃亡を促しそう。
タゴサクも、心が通った女友達からの相談だったとしても、殺人の隠蔽はあまりに重荷だし、爆弾魔としての振る舞いを短時間で身につけな気がする。子供の頃から父を「殺した世間」に逆恨みし続けた辰馬なら、起こし得る犯行かもしれない。一方で、社会生活からも逃げ出したホームレスが、降って湧いた爆破計画を、逃げ出さずに背負えるだろうか? 「棚からオチてきた」爆弾で、此処までの騒動を起こせるタゴサクは異能すぎて現実味は薄い。因みに自分なら、ます友達に自主をす。無理なら警察に通報し、自身が共犯者と勘違いされない事に必死になりそう。
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5. ミステリ映画ではない
ラッキーだったのは、原作も含め本当に事前情報なしに鑑賞できた事。もし「ミステリ映画」と謳っているのを知っていたら、鑑賞中プリプリして低評価にしてしまったかもしれない。ミステリとして足りないのは、観客に犯人等を考察させる為の情報開示。警察も分からないタゴサクの素性は別として、警察が普通に掴んでいる情報はもっと開示されるべき。
一番引っかかったのは、辰馬の遺体と爆弾の位置関係や、辰馬の詳しい解剖所見。起爆スイッチを踏んだ警官より、辰馬の遺体の方が損傷が激しいのが奇妙と繰り返し強調されるが、死を覚悟していた辰馬が自身に爆弾を仕掛けさせていた可能性もある。刺殺を隠す為と観客が推理さえる為に、解剖所見を読み上げる場面が欲しかった。辰馬が化粧品メーカーにいたという情報も、初見では観客への説明が遅く感じた。
などと言いつつ、サスペンスとしては見逃し禁止な逸品。仇役が圧勝する結末こそ気まずいが、観客を気持ちよく右往左往させてくれる過程が楽しい、珠玉のエンターテインメント。
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