「大変立派な古典主義的映画」ノスフェラトゥ ヘルスポーンさんの映画レビュー(感想・評価)
大変立派な古典主義的映画
「ウィッチ」、「ライトハウス」で独特の世界観を放つロバート・エガース監督が、あの「戦艦ポチョムキン」や「メトロポリス」に並ぶ1922年製作の古典サイレント映画「吸血鬼ノスフェラトゥ」を、1978年ヴェルナー・ヘルツォーク監督によるリメイク版に続いて再映画化するということでとても楽しみにしていた。
1922年版の「吸血鬼ノスフェラトゥ」はウィリアム・ストーカー原作の"吸血鬼ドラキュラ"の非公式な映像化作品であった。その後、原作者の妻に著作権侵害で起訴されネガの多くが破棄されたりと色々あったが、悪魔の呪いで不死身となったオルロック伯爵のごとく何度も蘇った映画である。
また、ドラキュラ伯爵は悪魔の呪いを受けた吸血鬼(ヴァンパイア)の中のとある1人を指す名称で、マントにつり目に牙というアイコニックなイメージが定着したのは1931年のトッド・ブラウニング監督による「魔人ドラキュラ」が、そのポスターアートと共に世界的に大ヒットしたことによるものと言われている。
「魔人ドラキュラ」の製作にあたり脚本家達が1922年版「吸血鬼ノスフェラトゥ」を研究していたというのが面白い点だ。
原作の公式な映像化である「魔人ドラキュラ」でさえ引用元にしてしまう1922年版"吸血鬼ノスフェラトゥ"こそがあらゆる吸血鬼もの、ドラキュラ系ホラー作品の聖典となっているということである。
本作「ノスフェラトゥ」は若きロバート・エガース監督による、まさにその聖典の研究・思いが込められた渾身の映像化と言って良い作品だ。
監督のインタビューでは、思い入れが強すぎたのと古典映画である"ノスフェラトゥ"を再び映画にするのはもっと先(新人監督の身である今ではない)と思っていたそう。
しかし、蓋を開けてみれば格調高い立派な古典主義的映画になっており、実際、美術や衣装・撮影でアカデミー賞ノミネートという評価もされており大したものだと思いました。
撮影もオルロック伯爵の住む城はルーマニアにあるコルヴィン城という実在する城であり、作中に出てくる狼やネズミも多くのシーンで本物というこだわり。1922年版よりも立派な城になっている。
エレン役は当初は「ウィッチ」に引き続きアニャ・テイラー=ジョイを予定していたが、Netflixドラマ「クイーンズ・ギャンビット」でバカ売れしてしまい色々ゴタゴタがあり降板。ジョニー・デップの娘であるリリー=ローズ・デップが抜擢。これがバッチリハマり役であり、鬱々とした雰囲気や悪魔に取り憑かれた雰囲気、そしてエロスと素晴らしい演技であった。
サイレント映画である「吸血鬼ノスフェラトゥ」には存在しない情報である"音"へのこだわり、オカルト映画としてのディテールに溢れた美しいホラー映画になっていた。
ストーカーの原作でドラキュラ伯爵の討伐を目指すヴァン・ヘルシング教授は本作「ノスフェラトゥ」ではフランツ教授と名前を変え、ウィリアム・デフォーが演じている。
(ちなみに原作のヴァン・ヘルシングはその後数々の派生作品でモンスターハンターとして名を馳せ、2004年のスティーブン・ソマーズ監督によるハリウッド映画「ヴァン・ヘルシング」でX-メンのウルヴァリンのイメージそのままにヒュー・ジャックマンがヴァン・ヘルシングとなり数々のモンスターを殴り殺していたのがピークであろう。)
美女の生き血を吸うといわれているオルロック伯爵(ドラキュラ伯爵)は本作ではより悪魔的な憑き物としての扱いをされていたのが興味深い。とくに「エクソシスト」からの引用や「悪魔と対峙するには、まずその存在を認めることだ。」という台詞がまさにそれ。
そしてオルロック伯爵自身も単なるモンスターではなく、悪魔に魂を売った貴族の1人であったということや、実は美女の生き血を吸っていたのではなく犯して殺していたなどのディテール、エレンもまた社会からの疎外感から悪魔的なものに魅了されていた等、ロバート・エガース監督により更なる深掘りをされている。
巨匠監督によるリメイク版のような風格で好きだ。ただ、監督自身の言う通り、彼が本当に巨匠監督になった時の熟練度MAX版"ノスフェラトゥ"も観たかったなと思ってしまった。
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