劇場公開日 2025年5月16日

「豪華キャストと美術&衣装で蘇ったゴシック・ホラーの古典的名作」ノスフェラトゥ 緋里阿 純さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5豪華キャストと美術&衣装で蘇ったゴシック・ホラーの古典的名作

2025年5月20日
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鑑賞方法:映画館

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【イントロダクション】
ブラム・ストーカー原作の怪奇小説『吸血鬼ドラキュラ』を非公式に映画化した、F・W・ムルナウ監督による1922年の『吸血鬼ノスフェラトゥ』のリメイク。
ノスフェラトゥことオルロック伯爵を『IT/イット “それ”が見えたら、終わり』(2017)のビル・スカルスガルドが演じる。その他キャストに、ニコラス・ホルト、リリー=ローズ・デップ、アーロン・テイラー=ジョンソン、ウィレム・デフォー。
監督・脚本は『ウィッチ』(2015)、『ライトハウス』(2019)のロバート・エガース。

【ストーリー】
ある夜、エレンという1人の少女が天使や精霊へと祈りを捧げていた。しかし、彼女の祈りに応えたのは、邪悪な悪魔の眷属である吸血鬼ノスフェラトゥであった。少女はノスフェラトゥの邪悪な力に抗えず、彼と契約を交わしてしまうのだった。

1838年、北ドイツの港町ヴィスボルグ。エレン(リリー=ローズ・デップ)は成長し、不動産屋に務める夫・トーマス(ニコラス・ホルト)と幸せな新婚生活を送っていた。トーマスに出会うまで度々襲われていた悪夢、鬱病にも似た症状は鳴りを顰め、新しい生活は順風満帆かに思われた。
トーマスは勤務している不動産屋の主人であるノック(サイモン・マクバーニー)から、ドイツへの移住を希望するトランシルヴァニアにある古城の貴族・オルロック伯爵へ契約書を渡しに行くよう命じられる。ノックはオルロックの忠実な部下であり、彼がドイツへやって来る手筈を整えていたのだ。

トーマスは旅を不安視するエレンを親友であるフリードリヒ(アーロン・テイラー=ジョンソン)とアンナ(エマ・コリン)夫妻の元へ預け、単身で伯爵への城へと向かう。長旅の道中、宿を求めて立ち寄ったジプシーの集落で、トーマスは「あの城へ行ってはならない」という不吉な忠告を受ける。夜、トーマスが目を覚ますと人々が処女を生贄に捧げに森へと赴き、墓場に埋葬された遺体に杭を刺すという夢か現実か分からない奇妙な出来事に遭遇する。

翌朝、目を覚ましたトーマスが外に出ると、集落はもぬけの殻となり、乗ってきた馬も居なくなってしまった。トーマスは疲労困憊となりながらも徒歩で野を越え山を越え、夜の森でオルロックが寄越した馬車に乗り、何とか古城へと辿り着いた。オルロック伯爵(ビル・スカルスガルド)はトーマスを迎え入れ、彼が到着するや否や深夜にも関わらず契約の手続きを進める。オルロックや城の様子に唯ならぬ雰囲気を感じながらも、トーマスは契約書にサインしてしまう。

トーマスが目を覚ますと、城には誰も居らず、首元には奇妙が噛み傷が残されていた。城の地下室へと辿り着いたトーマスは、荘厳な作りの石製の棺を発見する。棺を開けると、腐りはじめつつも殆ど人の形を留めたままのオルロックの遺体を目にする。集落での出来事を思い出し、トーマスは遺体に斧を突き立てようとするが、目覚めたオルロックに阻まれてしまう。

トーマスは崖から転落するも運良く川に流され、修道女に発見されて手当てを受ける。まだ十分に回復していないにも拘らず、トーマスはエレンの身にオルロックの魔手が伸びている事を察知し、ヴィスボルグへの帰還を急ぐ。

ドイツへ向かう帆船の貨物室にはオルロックの棺が積み込まれており、船内ではペストが蔓延し、乗組員が次々と命を落としていた。オルロックは疫病と共にドイツを目指し、エレンと交わろうとしていたのだ。

【感想】
20世紀を代表する古典的ホラーの名作を、現代技術と豪華キャスト陣で甦らせた非常に贅沢な作りのゴシック・ホラー。影の表現が秀逸だったムルナウ版を踏襲して、本作でも影による恐怖演出が随所に盛り込まれている。また、暗い画面の中で人物の顔の半分や小物の僅かなディテールが浮かび上がって画面を構成しているという、“黒”を効果的に用いた画作りもシックでオシャレ。

作中でも“吸血鬼”を指し示す呼び名は、彼の本名である“オルロック”の他に、“ノスフェラトゥ(ルーマニア語に由来するとされているが、諸説あり)”、“ヴァンパイア”と様々であるが、「悪魔の眷属であり、生き血を吸う怪物」という設定は、ムルナウ版含め多くの吸血鬼作品と共通している基本設定である。
また、吸血鬼は「家主、または住人から招き入れてもらわなければ(本作ではエレナが夜に窓を開ける)家に入れない」という設定、「朝日を浴びると死ぬ」という弱点、その為「朝には自身が埋葬された土(棺)に戻らなければならない」という吸血鬼作品によっては適応されない場合のある、しかし王道な設定も数々取り入れられている。
反面、十字架やにんにく、白木(ホワイトアッシュ)の杭、銀の弾丸(これは狼男の退治にも用いられる)といった吸血鬼退治の有効物質が本作のノスフェラトゥに対して有効かは定かではない。

ノスフェラトゥ役のビル・スカルスガルドの特殊メイクが素晴らしく、作品を鑑賞しただけではエンドクレジットを確認するまで彼と分からないほど。役作りの為に減量もしたそうで、強大で邪悪ながら細身の大男という不気味な出立ちは見る者を圧倒する。

そんなノスフェラトゥへの対抗策を知る、ウィレム・デフォー演じるフランツ教授もまた魅力的だった。錬金術や神秘主義といったオカルトに精通するがあまり、学会の異端児として追放された哲学者ながら、その特異性がエレンとオルロックの繋がりを見破り、クライマックスの対処法に至るまで様々な活躍を見せてくれる。

また、フリードリヒ役のアーロン・テイラー=ジョンソンも輝きを放っており、オカルトを否定する現実主義者としてトーマスやエレンと衝突しつつ、妻と2人の娘をノスフェラトゥに奪われるという悲劇性も見事に演じてみせた。

忘れてはならない影の主役が、ペストを蔓延させるネズミである。実際に5000匹ものネズミを用いて撮影されたという、ドイツ社会の崩壊していく様子は素晴らしい出来だった。

物語自体は基本的にムルナウ版に忠実に、ディテールを細かく描ける部分は要素を付け加えと、新しさより名作を如何に現代に甦らせるかに注力している。その為、物語としての新鮮味は薄く、またエレンの祈りが意図せずノスフェラトゥを復活させ、エレンの犠牲によって世界が救われるという本作ならではの構図は、エレンとノスフェラトゥの繋がりを強化して物語に組み込ませた手腕を理解した上でも、若干の「尻拭い感」を感じさせる。
元々が100年以上も前の作品の為、現代でそれを忠実に再び描くとどうしても無理が生じてきてしまうのだろうが、宗教的な側面やノスフェラトゥを巡る様々な設定含め、もう少し現代的なアップロードを試みても良かったのではないかと感じる。
私はロバート・エガース監督作品は初鑑賞だったのだが、どうもファンによると偉大な作品のリメイクというプレッシャーからか、監督の作家性は十分には発揮されていなかった様子で、そうしたプレッシャー抜きに自由に作家性を発揮していたらどんな作品になったのか気になるところ。

また、ホラー作品だから仕方ないが、ジャンプスケアに頼った演出は、荘厳なゴシック・ホラーには少々似つかわしくないようにも感じられた。

【総評】
古典的名作ホラーを、豪華なキャストと拘りを持って再現された19世紀ドイツの美術や衣装で荘厳な雰囲気ある一流のゴシック・ホラーとして甦らせた手腕に拍手。

物語的な新鮮味には乏しいが、アカデミー賞でも撮影賞、美術賞、衣装デザイン賞、メイクアップ&ヘアスタイリング賞にノミネート(いずれも受賞は逃したが)された本作は、劇場で味わってこそだろう。日本では上映館数が非常に少ないのは勿体ない。

緋里阿 純
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