「あの日あの時の出来事を忘れてはいけない。」フロントライン 民主主義の豚さんの映画レビュー(感想・評価)
あの日あの時の出来事を忘れてはいけない。
私たちが日々目にする“情報”は、実はほんの一部にすぎない――。
『フロントライン』は、ダイヤモンド・プリンセス号の裏側で何が起きていたのか、当時の混乱・葛藤・理不尽さを丸裸にするような作品だった。
当時はコロナに対する知識は乏しく、私の勤務先でも目の前の対応で精一杯だった。
クルーズ船の現場は完全な手探り状態。それでも伝令が不十分なまま「上陸させるな」「感染拡大は許さない」といったトップダウンが続き、最前線の人々は矛盾とジレンマに押し潰されそうになりながら、必死に命をつなぎ止めようとしていた。
D-MAT隊員、医師、看護師、船のクルーたち――
彼ら自身も感染リスクに晒され、家族までもが差別や風評被害に苦しめられていたのに、それでも目の前の人を救おうと立ち続ける姿は胸に迫る。
船内でコロナに感染した外国籍男性が運ばれる際。婦人は「行きたいなんて言うんじゃなかった」と漏らす場面や、医師会の突然の撤退など、現場の混乱と孤独感が容赦なく描かれる。
一方で、トラブルを“いい画”として切り取るメディア、感染症対策を最優先とする政治、船内感染率50%という衝撃。その報道を見て、当時の私は自身の家族や職場、限りなく狭いコミュニティーでしかものを見ていなかったことに恥ずかしく感じた。
この有事が、どれほど人間の意思の脆さを露わにしたか思い知らされる。
心に残ったのは、任務を終えて帰宅した医師が妻にかけた「なんかつらいことなかった?」のひと言。自分こそ極限状態を生き抜いてきたのに、それでも家族を気遣うその優しさに、思わず胸が詰まった。
混乱の裏側にあった“人の強さと弱さ”を静かに突きつける作品。温度が高いのに、どこか冷静で、観終わったあと深く考えさせられる一本でした。
