劇場公開日 2025年6月13日

「【78.3】ドールハウス 映画レビュー」ドールハウス honeyさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5 【78.3】ドールハウス 映画レビュー

2025年8月13日
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鑑賞方法:映画館

作品の完成度
矢口監督がキャリアの初期にホラー演出を手掛けていたという事実は、本作の批評において極めて重要だ。彼は単にジャンルを転向したのではなく、自らのルーツに回帰し、長年のコメディ制作で得たノウハウをホラーに転用したのだ。この融合こそが本作の最大の成功要因。コメディで徹底的に追求してきた「ごく普通の日常」の描写が、本作では恐怖の前提として機能している。愛する娘を亡くした家庭の悲しみ、骨董市で見つけた人形を慈しむ心理、再び授かった娘への愛情。これらの極めて人間的で、感情移入しやすい日常の描写が、人形という異物によって徐々に侵食されていく過程は、観客の心にじわじわと不穏な空気を植え付ける。この丁寧に積み重ねられたリアリティがあるからこそ、非現実的なホラー展開がより一層、現実味を帯びて感じられるのだ。
また、ホラー演出においても、安易なジャンプスケアに頼らず、人形の不気味さを増幅させるカメラワークや音響を駆使。特に、生活空間の中で人形が移動する描写は、彼の初期ホラー作品にも通じる、心理的な恐怖を喚起する演出だ。物語後半の急展開は、コメディ作品の軽快なテンポ感の名残とも捉えられるが、これを「日常の崩壊が加速する様」と解釈すれば、その意図は明確。観客に考察の余地を残す結末も、彼のホラー演出家としてのルーツを感じさせる。完成度においては、商業的なエンターテインメント性と作家性が高次元で両立した、傑作と言える。
本作は、公開前に開催された第45回ポルト国際映画祭で、グランプリにあたる「Best Film Award」を受賞。これは、本作の持つ独創性と、既存のホラー映画の枠に収まらない作品性が国際的に高く評価された証しだ。
監督・演出・編集
監督・演出は矢口史靖。本作の演出は、コメディで培われた"間"の妙が光る。日常の些細な出来事を丁寧に積み重ねることで、人形の存在感を際立たせている。人形が家に戻ってくる一連のシーンは、コミカルな要素を忍ばせつつ、徐々に緊迫感を高めていく。編集は宮島竜治が担当し、監督の意図を汲み取った緩急のある構成。特に、日常と非日常を往来するカットの切り替えは秀逸。
キャスティング・役者の演技
長澤まさみ:主演の鈴木佳恵を演じた長澤まさみは、本作の成功に不可欠な存在。愛娘を失った悲しみ、人形に過剰な愛情を注ぐ姿、そして徐々に狂気に蝕まれていく様を、細やかな表情と眼差しで表現。悲しみと狂気の境界を曖昧にするその演技は、観客を物語に深く引き込む。特に、人形を「アヤちゃん」と呼び溺愛するシーンでの、母性愛と執着が混ざり合った複雑な感情の表現は、彼女の役者としての深みを感じさせる。
瀬戸康史:佳恵の夫、鈴木忠彦を演じた瀬戸康史は、妻の異変に戸惑いながらも、何とか家族を立て直そうと奔走するごく普通の夫を好演。彼の演技は、現実世界との唯一の接点であり、観客が感情移入する上での重要な役割を担っていた。長澤まさみ演じる佳恵との対比によって、狂気の世界がより際立つ効果を生んでいる。
安田顕:私服警官の山本役を演じた安田顕は、物語の鍵を握るミステリアスな存在。一見してユニークな役柄だが、その表情の奥に隠された冷徹さや、物語を動かす重厚な存在感が光る。彼の登場によって、作品は単なる怪談からミステリーへと昇華する。
田中哲司:呪禁師の神田役を演じた田中哲司は、物語の真相に迫る重要なキャラクター。短い登場時間ながらも、強烈なインパクトを残す。その深みのある演技は、作品に奥行きを与え、観客の好奇心を刺激する。
脚本・ストーリー
原案・脚本も矢口監督。娘を失った母親が、その代替物としての人形に執着する物語は、ホラーとしての根源的な恐怖と、人間の心の闇を描くテーマ性が際立っていた。日常のリアリティとホラーの非日常性が絶妙なバランスで展開する。
映像・美術衣装
美術と衣装は、日常的な空間を徹底して追求。それゆえに、骨董市で発見された人形の存在がより一層不気味に映える。ライティングは、日常と恐怖の境界線を曖昧にするような陰影を巧みに利用していた。
音楽
音楽は、物語の持つ不穏な空気を増幅させる効果音とスコアが中心。特に、人形の存在を暗示するような独特なサウンドデザインが印象的。
主題歌は、ずっと真夜中でいいのに。の「形」。独特のリズムと力強い歌声が、物語の持つ悲劇性と不条理さを代弁するかのようであり、鑑賞後の余韻を深く残す。

作品
監督
矢口史靖
109.5×0.715 78.3
編集
主演 長澤まさみB8×3
助演 瀬戸康史 B8
脚本・ストーリー 矢口史靖 B+7.5×7
撮影・映像 高木風太 B8
美術・衣装
美術 金勝浩一 衣装 小木田浩次
早船光則 A9
音楽 音楽
小島裕規“Yaffle”
主題歌
ずっと真夜中でいいのに。 B8

honey