「ホラーとミステリーの二段構え。面白こわい。」ドールハウス 底冷え冬太郎さんの映画レビュー(感想・評価)
ホラーとミステリーの二段構え。面白こわい。
単純にこわい。
礼ちゃんこわすぎ。
誰しも子供の頃は、精巧な人形に恐怖心を抱いたことがあるはず。
独特なメイクのピエロ、古くなったぬいぐるみ、あるいは、今にも動き出しそうな日本人形。
そういったある種の人形に対する根源的恐怖が、この作品で紡がれる恐怖の肝となっている。
とはいえ、実はストーリーの軸は上に書いた恐怖とはあまり関係がない。
開始ほんの数分の間に、視線誘導や小物の配置でちょっとした違和感を絶えず生み出し、「不穏な違和感」を丁寧に積み重ねていく手法に、観客側の恐怖心がどんどん煽られていく。明るく穏やかな音楽、楽しげに遊ぶ子供たちの叫び声とは裏腹に、どうにも息苦しさを覚える。
予告などから簡単なあらすじを知っている観客は、これから起こることがもう分かっている(あるいは初見でも何となくわかる)。
それなのに、心臓が激しく脈打つのを止めることはできない。スクリーンに見入る。
そして、洗濯機の中から己の子・芽依の変わり果てた姿を発見してしまった、主演である長澤まさみ演じる母・鈴木佳恵の、耳をつんざくような絶叫で物語は幕を開ける。
不穏な音楽、不安をあおるフォントの加工。超ベタだけど、でもこわい。
娘を己の不注意で亡くしてしまった自責から、精神を病んでしまった佳恵は、何者かの意思に導かれるように、生人形を骨董市で購入する。
人形を、亡くした娘の代わりのように可愛がることで、それまで茫然自失と生活していた佳恵の生活に張りが戻る。笑顔が戻り、家庭に明るさが戻る。
夫である瀬戸康史演じる父・忠彦は、はじめは人形を可愛がる妻(佳恵)の姿に驚きと戸惑いを隠せないが、次第に元気を取り戻す佳恵を見て許容するようになり、夫婦と人形が一緒に映る写真が、思い出として壁を埋め尽くすようになっていく。
そして一年後、佳恵は第二子を出産する。その子は真衣と名付けられた。
子が生まれれば、代替品に過ぎなかった人形は、役目を終えるまでだ。
本当の子供のように可愛がられていた人形は、夫婦の愛が真衣に向けられるようになると、一気に乱雑に扱われるようになり、赤子向けのおもちゃの山に覆われてしまう。
しばらくすると、佳恵は無造作に放り出されていた人形を思い出し、ベビーベッドで真衣の横に一緒に寝かせることにする。まるで、生まれたばかりの子の面倒を姉が見るように。
だが、その思惑は裏目に出る。
真衣の柔らかな首に、黒く、長い髪が絡みついてしまった。
人形を真衣の横に寝かせて置いたはずなのに、いつの間にか赤子に覆いかぶさるようにして。
それを見た義母・敏子(風吹ジュン)は気味悪がって人形を床に投げ捨てる。
元あった御札が貼られた箱にしまわれた人形は、押し入れの奥に収納される。まるで封印するかのように。
そうして、成長した真衣が5歳になり、ひょんなことから押し入れの奥の人形を見つける。
真衣は、人形で遊んでいいか、と佳恵に聞きながら「(名前は)あやちゃんって言うんだって」と、朗らかに言う。
佳恵が本物の娘のように可愛がっていたころに切ったはずの、黒い髪と白い爪はなぜか伸びていた。
真衣は、人形を「あやちゃん」と呼び、ずっと一緒にいるようになる。
時折、会話をしているような素振りすらある。
そうして箱の封印が解けるように、日常にあやちゃんが溶け込むほどに、鈴木家の中で不可解な出来事が起き始めるのだった。
とまぁ、簡単なあらすじを書いてみたが、前半の時点で「上手いな」という感想が出る。
観ている間は不気味さや、前述した違和感の積み重ねでそこまで余裕はないのだが、見終わった後に考えると、愚にもつかないような細かな演出がすべてこちらの精神を撫でていくような演出になっており、王道のホラー映画であると思える。
登場人物が正常性バイアスによるものか、ちょっとずつ鈍いところが、観客の焦りを加速させる。
観客側は全てを見ているので、人形が危険な存在だとすぐにわかる。
しかし、登場人物は日常の中の一コマでしかないので、「気のせいかな」程度の認識しか持たない。
誰しも、普通に生活している中で人形が勝手に動くんです、と考えたりはしない。
そして、ジャンプスケアは割と少ない(ないわけではない)。
もっとあってもよさそうな演出、展開なのだが、あえて外してくる。
しかし、ツボは外さない。怖がらせる瞬間は、遠慮なく怖がらせてくる。
たとえば、真衣が描く首吊りと、死体が煮込まれる絵。
たとえば、真衣が洗濯機の中から飛び出してくる場面(序盤で芽依が亡くなったのは洗濯機)。
たとえば、真衣と人形のどちらが走り回っているのか分からないシーン。
たとえば、人形と勘違いして娘を撲殺する佳恵の悪夢。
何度捨てても何らかの形で必ず戻ってくる礼ちゃんに、佳恵の違和感は、確信に変わる。
その戻ってくる方法も、不思議なパワーによるものではなく、「必ず人の手を介して」戻ってくるところがどうにも上手い。
そしてもう一つ、すべてを明らかにしていないところが、また恐怖心を煽っていると思う。
「腐った牛乳?」、「真衣の背中の引っかき傷は誰が?」、「敏子を襲ったのはどちらか?」。
牛乳はともかく、引っかき傷は礼ちゃんなのか、あるいは佳恵の手によるものなのか、作中でははっきりしない。
佳恵である可能性は高い。第一子を失ったトラウマで、現実の境界線があいまいになっている描写がある。
しかし確証はない。どちらでもいいのかもしれない。どっちにしろこわい。
そういった妻の精神的状況から、彼女の言葉を妄言の類と思っている忠彦の認識は、佳恵よりもかなり遅れる。
余談ではあるが、忠彦も同様に娘を亡くしていることになるが、作中ではあまり哀しみを感じないのは、非常に男性らしいともいえる。
無論、悲しくないわけではないのだろうが、どちらかと言えば悲しむよりも、深く悲哀に暮れる妻を支えることに終始している。
そのある意味「第三者的立ち振る舞い」が、スタンダードな日本のお父さんという感じに見て取れる。偏見かもしれない。
噛みつきと言えば、襲われた敏子のちぎれた腕時計のストラップを、眠っていたはずの真衣の口元に持って行った忠彦の目の前で、彼女が目を見開いて絶叫する演技に度肝を抜かれた。このシーン正直マジでこわかった。今でも鳥肌立つ。
後半からはホラーは鳴りを潜め、「礼ちゃん」人形の出自と封印方法にフォーカスが当たる。
ここからはほぼヒューマンドラマのような形。(ほんまか?)
そこで登場するのは田中哲司演じる呪禁師である神田だ。
神田は後半の狂言回しにあたり、礼ちゃんの出自を突き止め、封印を実行する直前まで鈴木夫妻と行動を共にする。
この神田は優秀なのだろうが、どうにも雰囲気がとぼけていて、話にこれまで少なかった可笑しみが加わる。
礼ちゃん人形もこの頃になると成長したのか自我を持ち始め、表情もとっても豊か(言い方)になる。
大人を困らせるワンパクな動きをたくさん見せてくれて、超元気元気。
そんなこんなで、負傷した神田に代わって鈴木夫妻は頑張ってお母さんのお墓に礼ちゃんを返してあげることができて、万事解決。ラブアンドピース。大団円。
礼ちゃんが見せる幻覚を打ち破って、鈴木夫妻は勝利した。
愛する娘が待つ自宅へ帰ってこれた。
死んだはずの芽依が、佳恵を救うために礼ちゃんの魂を「向こう側へ」連れて行ってくれた。
とはならないんだなこれが。
それらすべてが、礼ちゃんが鈴木夫妻に見せる幻だった。
「一週間も連絡が取れない」と敏子と神田が鈴木家を訪れる。管理人に鍵を開けてもらう。
そこには、三人分の食器と、腐った牛乳が置いてある。
腐敗した牛乳の中で、ぴちゃぴちゃと虫が溺れている。
鈴木夫妻は、真衣をベビーカーに乗せて、三人とも穏やかな笑顔でエレベーターを降りて散歩に出かける。神田たちは会えずにすれ違ってしまったのだ。
穏やかな陽光、仲睦まじい三人家族。
神田が乗ってきた車の横をゆっくりと通り過ぎる鈴木夫妻と真衣。
車の中には、「真衣が乗っている」。
自分はここだと、車内から窓をたたき泣き叫ぶ真衣。
佳恵と忠彦は聞こえていないのか、気づかずに、笑顔のままベビーカーを押す。
日が眩しい。
ベビーカーの日除けが少し降りている。
座っている子供がちらりと映る。顔は見えない。
礼の無機質な肌が、見える。
実によくできた二段構え。
前半で恐怖心を煽って王道ホラーをしつつ、後半では一気に解決編へもっていく(解決できたとは言ってない)。
しっかり演技力に定評がある俳優陣で固めているので演技に違和感もなく、スムーズに作品に没入できる。
礼ちゃんへの解釈違いで封印に失敗したにしても、「結局何をどうしても勝てなかった」という絶望感は暗く、黒い感情を生み出す。
生人形こわい。
上映時間は110分しかないため、割と駆け足。
それが逆にテンポの良さを生み出し、飽きさせない造りになっているように思う。
神田や着服僧侶(今野浩喜)は、一服の清涼剤といっていいくらいにひと笑いを生んでくれるし、和ませてくれる。つまり、キャラクターの造形がいい。
最後の埋葬された墓の浅さとか、ツッコミどころはあるにせよ、大事の前の小事。些末なことです。
EDのずっと真夜中でいいのに。は急に明るめの曲になって戸惑ったが、サビが聞きやすくて良い歌。好き。
リングのように恐怖パートと謎解きパートをきちんと用意する王道っぷり、人形を扱ったらこういう展開だよね、という内容の目白押し、ホラーのテンプレのような展開。
そのすべてに斬新さはないのに、しっかり面白い。
だからこそ、演出や技法が高いレベルで散りばめられていることがうかがえる。
ホラー映画としてというより、映画としておススメ。
これから初めてホラー観るんです、というような方にも気軽におすすめしていきたい。
面白かった。
矢口監督にまたオリジナルでホラー映画撮ってほしい。
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