劇場公開日 2025年3月28日

「サリバン先生」マリア・モンテッソーリ 愛と創造のメソッド 蛇足軒妖瀬布さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0サリバン先生

2025年4月2日
iPhoneアプリから投稿

『奇跡の人』で、
ヘレン・ケラーの手に井戸の水をジャージャー当てながら、
「water!」と叫ぶサリバン先生。

ミラクル・ワーカー、サリバン先生が実践していた教育方法こそが、
モンテッソーリ教育メソッドだ。

そのメソッドを築いた人物、
それがマリア・モンテッソーリである。

日本でも名称だけは、
かなり浸透しつつあるモンテッソーリメソッド、

この映画は、彼女がどのようにしてそのメソッドを開発し、
世界に広めていったのかを描いている。

メソッドつながりで、
ストーリーをシナリオメソッド風に分解すると、
次のような構造が見えてくる。

●メインプロット: メソッドの誕生と普及。

名もない教育法が、世の中に認知され、広まるまでの過程が描かれる。

この部分が映画の中核を成しており、
モンテッソーリの理論がどのように現実の教育現場に反映され、
どのような革命的な変化をもたらしたのかが※描写されている。
※描写が弱い理由は下記総評で。

●サブプロット1: 女性解放と教育方法。

マリア・モンテッソーリ自身の人生が、
彼女の教育メソッドの土台となっている。

子どもたちの教育に対する情熱が、
彼女の女性としての自由と解放の意欲と深く結びついていることが、
映画を通して強調される。

マリアの個人的な葛藤と、
教育における理念の追求は一つのストーリーラインとして、
しっかりと成立している。

●サブプロット2: 教え子の母親リリの覚醒。

マリアの教育法を受け入れた教え子の母親リリが、
我が子に向き合う姿勢を変えていく過程が叙情的に描かれている。
(メインプロットのメソッドそのものが壮大過ぎて、
叙事的に描かざるを得ない、
なので逆説的にこのシークエンスの叙情が、サブ4と共に効いている)

母親の成長と、子どもへの接し方が変わることで、
教育メソッドの実際的な影響力が視覚化されている点が優れている。

●サブプロット3: 夫との確執。

夫との関係が、
モンテッソーリの教育活動にどのような影響を与えるかもひとつのテーマとなっている。
個人的な葛藤を抱えながらも、
教育という大義を追い続けるマリアの姿は、
観客にとって共感を呼ぶ要素である。

●サブプロット4: 母親リリからの逆メソッド的な指導。

リリが逆にマリアに対して「メソッド風」のコーチングを行うシーンは、物語に一つの転換点をもたらす。

教育方法の普及を進めるために、
他者の視点を受け入れる柔軟性を見せるマリアの姿は、
非常に印象的だ。

●総評
ストーリー全体全体としては、
良いシナリオであるが、
感情的なインパクトがやや薄いと感じる部分もある。

その理由は、おそらく以下の二点に起因する。

①子どもたちのシークエンスの尺が長い事と印象が強すぎて、
各プロットの縁取りが薄れている。
映画が子どもたちを中心に展開される中で、
各サブプロットの細かなディテールがやや犠牲になってしまっている。

②登場人物たちの内面的な葛藤がもう少し強調されれば、
メソッドそのものの物語にもさらなる深みが出たであろう。

実際の人物や出来事に基づいているため、
ドラマティックな葛藤はあるものの、脚色が控えめである。
リアルさを重視するがゆえに、
視覚的・感情的に劇的な瞬間がやや少ない印象を受ける。

◆最後に。

とはいえ、映画の魅力は決して薄れていない。
特に、
フィクション以上、ノンフィクション未満という絶妙なバランスの空間に、
カメラを入れた子どもたちのシークエンスは心に残るものがある。

彼らの成長や学びの瞬間を通して、
モンテッソーリ教育が持つ革命的な側面、
幼児教育、障碍児教育のみならず、
人間の尊厳、征服と解放の歴史に翻弄される人間と尊厳、

という原点に立ち返って人と人が共存するためのメソッドを、

体系化した功績が、どのように世界を変え、
今日に至るまで多くの子どもたちに影響を与えているのか、

その歴史的な意義を知る為の入門書のような作品に仕上がっている事はまちがいないだろう。

蛇足軒妖瀬布
蛇足軒妖瀬布さんのコメント
2025年4月3日

コメントありがとうございます!

蛇足軒妖瀬布
talismanさんのコメント
2025年4月3日

ありがとうレビューです!いい映画なのに薄いなあ~、残念だなあの理由がわかりました!

talisman