劇場公開日 2025年8月8日

「予算を投じて作られた、邦画モキュメンタリー・ホラーの傑作」近畿地方のある場所について 緋里阿 純さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0 予算を投じて作られた、邦画モキュメンタリー・ホラーの傑作

2025年8月20日
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鑑賞方法:映画館

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【イントロダクション】
ホラー作家・背筋による同名小説を、菅野美穂、赤楚衛二主演により映画化。赤楚演じるオカルト雑誌の若手編集者・小沢が、失踪した先輩編集者の足跡を辿る中で、菅野演じる編集者・千紘と共に、近畿地方に纏わる怪奇現象や都市伝説に隠された禁忌に触れていく様を描く。
監督・脚本には、オリジナルビデオシリーズ『戦慄怪奇ファイル コワすぎ!』の白石晃士。その他脚本に『デスノート』(2006)、『デスノート the Last name』(2006)等の大石哲也。

【ストーリー】
都内の出版社でオカルト雑誌の編集者として勤務している小沢悠生(赤楚衛二)は、先輩編集者が密かに組んでいた特集記事の発表を目前に失踪してしまった事をキッカケに、上層部から急遽特集記事の引き継ぎを命じられてしまう。

残された時間が少ない中、彼は知り合いのフリーライター・瀬野千紘(菅野美穂)に協力を仰ぎ、失踪した編集者が取材や調査で得た膨大な資料に目を通す事になる。それは、一見するとバラバラに思える昔のテレビ映像や林間学校のビデオ撮影、ネット配信者の事故物件調査配信といった様々な映像だった。

しかし、調査を進める中で、彼らは一連の取材映像やそれに纏わる怪奇現象、都市伝説といった事件が、近畿地方のとある山に所縁のあるものである事に気付く。やがて、彼らは事件の真相を求めて、近畿地方の禁足地へと足を踏み入れていく事になる。

【感想】
私は原作未読。本作の原作が、Web小説サイト「カクヨム」発祥な事すら知らず、本屋に並ぶ単行本を度々目にしていた程度。半年以上前からの予告編による入念な宣伝、豪華キャストとホラー作品に精通した監督の名前から、相応の気合いの入った作品なのだろうと感じていた。

事実、日本テレビがメインとなって製作に携わっており、更にはワーナー・ブラザースが配給という布陣から、邦画ホラーとしては非常にお金の掛かった作品だったと言える。また、私は心霊ドキュメンタリーという体裁のモキュメンタリーであるオリジナルビデオシリーズ『ほんとにあった!呪いのビデオ』シリーズや『XXX(トリプルエックス)』シリーズが大好きであり、それらに更に予算を与えて描かれた(クライマックスを除く)かのような作りの本作は非常に好みであった。

日テレが製作に携わっているからこそ、作中に登場するニュース映像や、どう見ても『笑ってコラえて!』を意識したと思われる地元の子供達へのインタビュー映像は非常に完成度が高く、それが作品に対して一定のリアリティを与えている。

また、近畿地方の山に纏わる昔話「まさるさま」について描かれたアニメ映像は、『まんが日本昔ばなし』を彷彿とさせる出来だった。
他にも、2000年代初期という時代を感じさせる荒い画質のニュース映像や、女子高生に巷のブームをインタビューする映像の再現度も高く、記録媒体が今は懐かしいVHSという事もあって、そうした小道具に関してもリアリティが感じられた。

それらに対して、「首吊りの家」と称された事故物件を調査するニコニコ動画の生配信映像は、演者の素人らしさを醸し出す為の演技やニコニコならではの配信中に通過していくコメントに「作り物感」が出てしまっていた。とはいえ、この手の生配信映像をアニメにしろ実写にしろフィクション作品で表現する場合は、他の作品においても、作り手のネット文化に対する情熱と理解不足故か、最早プロの立場では“素人感”は演出出来ない都合からか、どれも似たり寄ったりの出来になってしまうものなので致し方なしか。

個人的には、そうした様々な映像を用いて、バラバラだった情報が次第に線で繋がれていく心地よさの満足度が高く、また一部を除く映像のリアリティさ、作り込みの上手さが没入感を与えてもくれていた。
先述した『ほん呪』シリーズにあるような、心霊モキュメンタリーあるあるである、「そんな場所、そんなタイミングで都合良くビデオカメラを回して事態の一部始終を記録しているわけがないだろう」という“フィクション臭”を、ニュース映像や生配信映像という実際にありそうな映像を複数提示して、上手く臭い消ししていた点もポイントが高い。林間学校の映像のみ、ややそのきらいはありはしたが、概ね「それらしさ」が感じられたので、十分及第点は叩き出していたと思う。

賛否が分かれそうなクライマックスでの種明かしも、序盤から丹念に張られてきた伏線も相まって、個人的に納得は行った。私の評価ポイントだった心霊ドキュメンタリー調の作品テイストは、完全にモンスター・ホラーに変わってしまいはしたものの、ラストで映し出される菅野美穂の笑みも含めて、物語としての盛り上がりを演出するという意味では、これも一つの解答だろう。

キャスト陣の演技は素晴らしく、特に菅野美穂の演技が際立っていた。真の目的が明かされるラストでの冷たい演技含め、途中山のトンネルで襲い来る女の霊を「邪魔だよッ‼︎」と車で跳ね飛ばしたシーンは、邦画において人間側が霊的存在に一矢報いる事は滅多にないだけに痛快ですらあった。ある意味、「母は強し」である。
一見、小沢をサポートする良き先輩という空気を醸し出していながらも、自らの邪悪な願いを成就させる為の計算尽くの行動であったと判明する展開も捻りとして良かった。
ただ、失踪した先輩編集者と富士山の麓の夜逃げ先で再会した際、千紘を見た先輩編集者が小沢に彼女の本当の目的を伝えなかったのには違和感が残る。「気持ち悪いなぁ。俺の次はコイツか?」と、千紘の目的は理解していたはずなので、何かしら小沢を救おうとアクションを起こしつつも、事故に見せかけて千紘もしくはその背後にある岩の意思によって殺害される等の展開があれば、伏線の一つとしてもより効果的に機能したと思うのだが。

もう一つ評価したいのは、本作で登場した謎について、観客に様々な考察の余地を残している点だろう。

【すべての元凶である、あの“岩”は一体何だったのであろうか】
作中では、様々な昔話や子供達の遊び、宗教団体が祀る所謂御神体として、不思議な形状の岩がキーとなる。

・大昔、母親を亡くした悲しみから山で泣いていた大男の前に、突如光と共に現れて、「食べさせれば女を嫁に出来る」というカキを渡した神様と、嫁をもらえず絶命して呪いとして恐れられ祀られる事になった「まさるさま」伝説。

・子供達の遊びとして、鬼ごっこを彷彿とさせながらも、鬼に捕まった子は、鬼役の子に何か“生贄”となる品物を渡して呪いを回避しなければならないという「おしらさま」遊び。

・大切な人を亡くした人々の心のケアを目的に設立され、祈りの果てに愛する者を取り戻そうとする宗教団体“あまのいわやと”で祀られている「やしろさま」と呼ばれる巨大な岩。

こうした様々な言い伝えや物体によって、全国へと広がっていった近畿地方に纏わる怪現象。その大元は、千紘が求めた“岩”に由来していた。

では、この岩は果たして何だったのであろうか。「まさるさま」の昔話にあるように、本当に天の神から齎された御利益のある物体だったのかもしれないし、そもそもが人間の欲望を汲み取って“生贄”を欲する邪悪な呪物だったのかもしれない。

私はここで一つ、この岩が「最初は本当に御利益のある有難い物質」であったと考えてみたい。何故なら、本作で描かれている岩に纏わる怪現象は、全て人間身勝手な欲望が関係しているからだ。

「まさるさま」の昔話では、「母を失った悲しみを嫁を娶って癒やせ」と神様(岩)が手を差し伸べたにも拘らず、まさるは村へ降りて女性に声を掛けようとはせず、山の頂上から誰かが来る事を期待して叫び続けるばかりで、遂には飢えて孤独死してしまい、それが怨念となって人々に恐れられる要因となった。現代となった今でも、まさるは森の奥から人々を不気味な声で呼んでいるのである。

「おしらさま」遊びでは、捕まった子供が鬼であるおしらさまに何か生贄を差し出さなければならない。これは、大自然の脅威を神の怒りと認識し、人柱として生贄を捧げてきた大昔の人々の行いに由来している。しかし、本当に神なる存在が居たとして、果たして生贄を欲するのだろうか。「何かを得る為に、別の何かを差し出さなければならない」という考え方は、実は物々交換によって反映してきた太古の人々が積み上げてきた価値観に由来する根拠のない信仰心、迷信ではないかと思うのだ。何せ、「まさるさま」に登場した神様は、少なくともその行為を表面的に善意として受け取るならば、まさるに対して何の見返りも求めてはいなかったはずだからだ。

「やしろさま」と称えて奉っていた、宗教団体あまのいわやとでの扱いも、代表者が「失った愛する人を取り戻したい」という、およそ神ですら叶えられないであろう“死者の復活”を望み、御利益に預かろうとしたからこそである。そして、かつてこの団体に所属していた千紘もまた、この岩の力を「必要とする人の所に現れる」と解釈して、亡くなった息子を取り戻したい一心で様々な人々を生贄に捧げてきた。そして、まさるさまと思われる数百の木の枝のような触手とも言える無数の手を持つ色白な姿の異形の怪物と、それが齎したと思われる“息子に似た何か”を抱き抱える千紘の姿は、私には利己的な目的で岩の力を頼ってきた「人間の業の成れの果ての姿」に見えた。

作中誰1人として、自らの利己的な欲望とそれを叶えようとするあまりに他者を犠牲に、時に必要な行動すら起こさず力だけを求め、決して「善き行い」の為に使おうとはしていなかった。人間の欲望こそが、本来御利益のある物質を果てしない怨念の籠った呪物へと変容・変質させてしまったのではないかと思うのだ。

本作で描かれているのは、どこまでも人間の持つ欲望の醜さだったのかもしれない。

【総評】
中盤までの没入感あるモキュメンタリー調の構成と、終盤での伏線回収とモンスター・ホラー的着地という、捉えようによっては2つのジャンルに跨った贅沢な作品であったとも言える。
考察の余地を多分に残しつつ、作品全体としては息子を取り戻したい千紘の邪悪な願望によって突き動かされていたという構図も見事。

今年は、『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』や、本作と同じく十分な予算を投じて製作されたであろう『ドールハウス』といった邦画ホラーの豊作年であると思われるが、個人的には本作はその中でも出色の出来であったように思う。

原作からは登場人物含め大体に改変された部分も多数存在すると思われ、原作の方にも興味が湧いた。また、原作者である背筋氏による2024年発表作品である『穢れた聖地巡礼について』の今後の映像化にも期待したい。

緋里阿 純
ゆたぼーさんのコメント
2025年8月20日

長過ぎです

ゆたぼー
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