劇場公開日 2025年3月7日

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「記憶を呼び起こすトリガーとしての映画」Playground 校庭 ノンタさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5 記憶を呼び起こすトリガーとしての映画

2025年3月26日
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鑑賞方法:映画館

マドレーヌの香りで幼少期の記憶がありありと蘇るのはプルーストの『失われた時を求めて』に描かれた、香りが記憶を呼び起こすトリガーとなる現象だ。中勘助の『銀の匙』にも、かつての感覚が匂いや音、何気ない光景をきっかけにして立ち上がってくる場面が繰り返し現れる。

記憶を思い出すというのは、それは単なる情報の再生ではない。それは当時の感覚が、現在の身体の中にもう一度体験的に立ち上がってくることだ。

映画『Playground』は、極めて鋭利な“感覚のトリガー”である。この作品が思い出させてくれるのは、懐かしさや温かい記憶、楽しみさの記憶ではない。幼少期の人生がいかにタフで、理不尽であったか、それを観る者に容赦なく思い出させる。
世界に対してむき出しであった幼少期の鋭敏な感覚そのものを再体験させる映画だ。

6歳の少女ノラが小学校へ入学する場面から始まる。
明確なストーリー展開も、説明的なセリフもない。
観客は終始、彼女の背中を追い、彼女の視線の高さで、彼女の感情のスピードで、世界を知覚していく。

特徴的なのは、極端に寄った構図と、浅いピントである。画面の中で焦点が合っているのはノラの顔や背中、その表情の揺れだけ。周囲の教師やクラスメイト、教室や校庭の風景さえ、しばしばぼやけ、背景に沈んでいく。
この撮影スタイルが、子どもの“世界の知覚の仕方”を体現している。

子どもは、まだ世界を“俯瞰”する力も、“意味づける”技術も持たない。だから、彼女にとって重要なのは「目の前で何が起きているか」ではなく「目の前で何かが起こりそうな感じ」なのだ。

この映画が映し出すのは、世界がまだ秩序を持たず、善悪も理解できず、未来の見通しも立たない頃——生きることがそのまま不安定さの中に投げ込まれていた時間の感触である。

『Playground』が映し出す知覚の世界は、あまりに不安定で、混乱し、感情の揺れに満ちている。
だがこの不安定さこそが、子どもの世界のリアルな“生”の感触ではなかったか。世界を体系的に理解する前、言葉で整理する前、人は感覚で世界に触れている。

大人になるにつれて、私たちは客観的視点や、社会的な認知の仕方を身につける。しかし、それは学習によって獲得された技術であり、ある種のフィクション化でもある。
世界を「合理的に見る」ことはできるようになるが「生々しく感じる」ことを置き去りにすることでもある。

この映画はその虚構を剥ぎ取り、かつて体験してたであろう「わからなさ」「予測不能さ」「説明不能な感情」へと引き戻す。
かつて自分も、あのような世界の中で、言葉にならないまま、
ただ感覚だけを武器にして立っていたことがある、と思い出させる。

ノラは兄アベルが学校で苦しんでいる姿を見る。よく知っていたはずの兄も、学校という異世界ではノラにとっては理解不能な他者である。

学校の大人たちが、どれだけ倫理的に配慮し、見守り、目を光らせていたとしても、子供達の世界は別世界で理解不能であることも見事に描かれる。
だから、子どもは分かり合えない他者である親や教師を前に沈黙する。

この映画を観ていると、もう一つの問いが立ち上がってくる。「大人になる」とは一体、どういうことなのだろうか?
ノラのように、世界をむき出しの感受性で感じ、目の前の現実をまっすぐ受け止めていた、かつての自分を思い出す映画でもあった。

今の自分には、もうあのような鋭敏さはない。それは成長なのか、それとも鈍感化という生存戦略なのか。

俯瞰して見る力や合理的に説明する力は、世界を理解する技術であると同時に、世界の本質から目をそらすための虚構にもなり得る。
世界がこれほどタフなものならば、それをそのまま鋭敏に受け止める感覚は、失わなければ生き延びられないのかもしれない。

現実の世界には、言葉にできない感情や、話し合いによっては埋められない分断が確かに存在する。

いじめの構造、子ども社会の暴力性、そしてその中で何もできない自分——映画の中のノラと同じように、観客もまた、ただそこにいるしかない自分を体験する。

この映画が与えてくれるのは、そのままに世界を受け止め、わからなさとともに在るということではないだろうか。

現代社会におけるさまざまな分断——ジェネレーションギャップ、文化的隔たり、言語の限界——に直面したとき、誠実なまなざしで他者を見つめるための、小さな準備になるのかもしれない。

この映画を観たあと、私たちは“思い出してしまった”ことに気づく。
あの頃の自分、あの知覚、あの世界は完全に戻ることはないけれど、思い出すことによって、今の世界を生々しく体験するための大きなヒントときっかけをくれる映画だった。

nonta
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