「硬派なサスペンス!櫻井武晴脚本の1つの到達点にして集大成!」名探偵コナン 隻眼の残像(フラッシュバック) 緋里阿 純さんの映画レビュー(感想・評価)
硬派なサスペンス!櫻井武晴脚本の1つの到達点にして集大成!
《Dolby Atmosにて鑑賞》
【イントロダクション】
劇場版『名探偵コナン』シリーズ、第28弾。
10ヶ月前に、長野県・八ヶ岳連峰未宝岳(やつがたけれんぽうみたからだけ)で起こった雪崩事故から生還した大和敢助警部の記憶に隠された真相を追う。
監督は、演出家、アニメーターの重原克也。脚本は、コナンシリーズでは『絶海の探偵(プライベート・アイ)』(2013)以降、『ゼロの執行人』(2018)、『緋色の弾丸』(2021)、『黒鉄の魚影(サブマリン)』(2023)等を担当した、『相棒』シリーズの櫻井武晴。
【ストーリー】
10ヶ月前。長野県警の大和敢助警部は、八ヶ岳連峰未宝岳の白雪の中、仮出所後に逃亡していた男を追っていた。しかし、逃亡中の男とは別に、山中で怪しげな人物を目撃。その人物は、持っていたカバー付きのライフル銃と思われる武器で大和警部を射撃。大和警部は負傷し、突如発生した雪崩に巻き込まれて、半年間行方不明になってしまう。雪崩の際、左目に十字傷を負い隻眼となる。
10ヶ月後。国立天文台野辺山宇宙電波観測所の職員、円井まどかが夜間に侵入者を発見し、逃走する犯人との接触で意識を失ってしまう。倒れた彼女を発見し、警察に通報したのは、天文台教授で阿笠博士の後輩である越智豊だった。現場に駆け付けた大和警部と上原由衣刑事だが、まどかはフードを被った犯人の素顔は見ておらず、大和警部は天文台のパラボラアンテナを目にした途端、突如左眼の傷が激しく疼き苦しんでしまう。
その頃、東京では毛利小五郎に一本の電話が入る。その相手は、小五郎が刑事時代に親しくしていた同僚の鮫谷浩二(通称:ワニ)だった。彼は10ヶ月前の「八ヶ岳連峰未宝岳雪崩事件」を調査しており、大和警部と知り合いの小五郎に聞きたい事があるという。小五郎は鮫谷と会う約束をした。
翌週の月曜日、日比谷公園で小五郎に会いに来た鮫谷は、突如背後から狙撃され殺害されてしまう。犯人を目撃し、後を追うコナンだったが、間一髪のところで逃げられてしまう。
盟友の死を悲しむ小五郎は、彼の弔い合戦として、警視庁の高木・佐藤刑事らと長野県に向かう。犯人を目撃した事から同行を打診したコナンだったが、小五郎に却下され、蘭と共に別行動で長野に向かう事にする。コナンは警視庁のロビーで、2階からこちらの様子を伺い、誰かと連絡を取る公安警察の風見警部補を目撃し、公安絡みの事件なのかと疑う。
一方、野辺山観測所には越智教授の招待で、阿笠博士と少年探偵団の面々が訪れていた。彼らと合流しようと長野に着いたコナン達に、ある人物が盗聴器を仕掛ける。それは、風見の指示でコナンを監視するよう命じられていた、隠れ公安である山梨県警の林警部補だった。コナンは盗聴器の存在に気付き、東京に居る安室透に連絡を取る。風見の独断による盗聴行為を咎める安室だったが、風見は過去の事件で安室がコナンに協力を仰いだのと同じだと言う。コナンもまた、盗聴器を外さない方が風見や安室と情報共有が出来ると踏み、取り外さないで行動することにした。
その夜、大和警部は上原刑事と共に、雪崩事故に巻き込まれた場所へ現場検証に訪れる。しかし、突如何者かからの襲撃を受ける。駆け付けた元太、光彦、蘭の活躍もあって犯人は逃走するが、大和警部は自身の左眼に隠された記憶が事件の鍵を握っている事を確信する。
「俺は…、何を見たんだ…!?」
【櫻井脚本の1つの到達点にして集大成】
本作は、コナンにおける櫻井脚本の1つの到達点・集大成と言ってよいだろう。
『絶海』のように大人達が頼もしい硬派な刑事モノで進行しつつ、『ゼロ執』で大人向けになり過ぎた事に対する反省を踏まえてか、事件の全容は比較的分かりやすい。そして、『緋色』で赤井ファミリーそれぞれに見せ場を与えるという無理難題を経験したからこそ、本作では数多くの登場人物にそれぞれの見せ場を与えつつも纏りがある。
“司法取引制度”や“証人保護プログラム”と、それによって生じる諸問題に対する現実的な問いかけを織り交ぜつつ、長野県の雪原や観測所というロケーションを最大限に活かした荒唐無稽なアクションは、「『相棒』では出来ないが、『コナン』なら出来る」という絶妙な塩梅だった。
ポストクレジットで、公安が犯人に迫る冷たい選択も、後味のスパイスとして効いていた。
また、興味深かったのは、本作の脚本を担当された櫻井武晴さんのインタビュー。それによると、劇場版シリーズは公開の1年半前には脚本を書き上げて製作が始まるそうで、となると、本作は2023年の秋頃には脚本が上がっていたという事になる。因みに、櫻井さんが担当した『緋色の弾丸』(2021)は、東京オリンピックを題材としていたが、新型コロナウィルスの世界的流行によって公開が1年延期され、ようやく公開されたかと思えば、緊急事態宣言によって映画館が軒並み休館してしまいという不幸に見舞われた。その経験から、時事ネタとリンクした作品作りは避けようと学んだそうな。
【感想】
大和警部をはじめ、長野県警のメンバーにとって重要な事実を、今後の原作に大幅な影響を与えそうなレベルで今回の劇場版で補完しており、その攻めた姿勢も非常に好感が持てる。もしかすると、原作者の青山剛昌先生は、長野県警の面々の過去の掘り下げを原作で語られていた以上にするつもりはなく、だからこそ本作のような踏み込んだ内容を描けたのかもしれないが。
また、現職の刑事且つ公安警察が、殺人、それも同業者を殺害するというタブーを犯す点も評価したい。特に、少年漫画であるコナンにおいて、正義の象徴である警察官が殺人を犯すというのは、非常に攻めた作りである。恐らく、原作では今後も無いであろう展開なので、そうした劇場版ならではの特別感も推したい。
やっている事は、殺人罪を超えた国家転覆罪に該当するのだが。
伏線の張り方と回収の仕方も丁寧で高評価。
分かりやすいミスリード含め、全ての要素を過不足なく回収して着地させてみせるのは、流石ベテランの脚本家と言う他ない。
刑事達大人組だけでなく、灰原や少年探偵団ら子供達の活躍が描かれていたのもポイント。特に、光彦の機転を効かせた命懸けのハッタリは痺れた。灰原はもう何でも出来るね(笑)
今やシリーズの目玉となり、インフレし続けている荒唐無稽なアクションは、本作では控えめ(控えめ?)である。
左右の山の片方からの雪崩を、もう片方の山からの雪崩で止めるという展開は、「雪崩を止める」という目的が『沈黙の15分(クォーター)』を彷彿とさせる為か、本作では中盤の見せ場になっている。また、今回は全員無事に避難し、“生死を分ける15分”を的確に回避しているのも面白い。
ところで、もう誰もコナンのキック力増強シューズや花火型サッカーボールには疑問すら抱かないんだね(笑)
また、レーザーを反射させる都合上、クライマックスの追跡アクションでコナンが乗るのがパラボナアンテナの破片というのは理解出来るのだが、単なる破片に乗ったに過ぎないはずなのに、平面で一切勢いを失わずに追い続けることが出来るのは凄いね(笑)
せっかく冒頭でお馴染みのスケボーが破損したんだから、博士に直してもらおうと持ってきていたスケボーのエンジンパーツを使って、即席のターボエンジン・スノーボードにでもしてくれたら面白かったのだが。
ゲスト声優の山下美月と山田孝之は、特に山下美月の演技が素晴らしく、「コナンのゲスト声優における女性キャストにハズレなし」に新たな1ページを刻んだ。演技力があっただけに、演じた円井まどかの出番が冒頭のみというのは残念だった。対する山田孝之は、割と本人まんまである。
草尾毅による2代目安室透は、序盤こそ技術云々ではなく、純粋に声が「違う」と認識していたが、気付けばポストクレジットの時には、すっかり新しい安室さんの声が私の中に馴染んでいた。
残念なのは、恒例となりつつある趣向を凝らしたオープニング映像が、本作では割とシンプルで控えめだった事。この点に関しては、前作『100万ドルの五稜星(みちしるべ)』に大幅に劣っていた。
ところで、私は『ハロウィンの花嫁』(2022)以降、風見祐也のファンであり、彼の苦労人としての奔走ぶりが好きである。今回も『ハロ嫁』に引き続き、上司やコナンに良いように振り回されっぱなしである。監視の為に車内に増えていくブラックコーヒーの空き缶やペットボトルが泣ける。あと、警視庁で電話する際、待ち受けが大ファンの沖野ヨーコだったり、努力も虚しく寝落ちしていた所をコナンからの連絡で起こされるのが可愛い。いつか報われてほしいものである。
【司法取引制度への問い】
本作の犯人である林警部補は、大友隆(鷲巣隆)と御厨貞邦の事件により、恋人である舟久保真希が自殺した経緯から、日本の司法制度への激しい怒りを抱いており、観測所の移動観測車を使って国家機密を傍受し、法改正を行おうとしている日本政府に脅迫を仕掛けていた。
鷲巣と御厨を許そうと葛藤しつつ、司法制度と法改正に激しい怒りを抱くというのは些か理解に苦しむ(普通、2人を殺害した上で、それでも怒りが収まらずに法改正を食い止めようとするものだろう)が、動機自体は理解出来る。
この辺りの動機設定を弱いと指摘する人も居る様子だが、個人的にはラブコメが主ジャンルであるコナンにおいて、恋人の死がキッカケであり、『相棒』らしい法制度への問いかけも盛り込んだ林の動機設定は、コナンの犯人の動機の中でも出色の出来だったと思う。
出来れば、証人保護プログラムによって名前を変えていた大友はともかく、御厨だけは殺害してくれていた方が、その後更なる凶行に走る感情のプロセスとして納得出来たのだが、流石にそれは難易度が高過ぎるので仕方ない。
もしくは、『14番目の標的(ターゲット)』の犯人のように、正体が暴かれた事で激昂し、「やはり大友も殺す!」となった上で逃走し、それをコナン達が食い止めようとするという構図でも良かったかもしれない。
ところで、私は「人間性を変えてしまう程の喪失」を経験していない人間が、復讐や自暴自棄に陥った相手を諭すという展開は、単なる綺麗事にしか感じられず大嫌いである。
だから、本作において林に警察官としての心得を説く役が佐藤&高木ペアだったのは頂けない。彼らは相思相愛のカップルである為、愛する人を喪った林警部補に警察官としての心得を説くというのには違和感があった。
今回の場合、林に説教するに足る立場にあるのは、弟という家族を喪った高明なので、彼が咎めておくだけで良かったはずだ。
「喪っても怒りに囚われず、耐えろ」と。
もしくは、鮫谷というかつての同僚を喪った小五郎が、
「お前のその信念は、お前だけを犠牲にして貫くべきだった。その為にワニを、そして大和警部達を犠牲にしていいなんて事は断じてない。一線を越えた以上、お前はただの犯罪者だ」
と、真っ向から否定しても良かったかもしれない。
余談だが、私はXにてアカウント名で本作の犯人をネタバレされるという悲劇に見舞われたのだが、犯人の情報を事前に頭に入れた上で鑑賞するというのは、その人物の動向を俯瞰した位置から見ることが出来、また違った楽しみ方があった。
また、佐久平駅に着いたコナン達の背後の公衆電話ボックスに居る林を見つけられたり、本作はトリックより動機や目的に比重が置かれていたので、大した損失ではなく済んだのは喜ばしい。
【総評】
コナンシリーズの御約束をこなしつつ、現実への鋭い問い、作品のトーンを硬派でシリアスなサスペンスに仕上げた櫻井武晴さんの脚本力に拍手。今後もシリーズに携わるであろう櫻井さん含め、当分は本作を上回る作品は出てこないと思われる。
King Gnuの主題歌『TWILIGHT‼︎!』も最高だった。
前作でいよいよ興行収入が150億円台にまで届いたコナンシリーズだが、本作が果たしてどこまで興行収入を積み上げるのか、今後の動向に大いに期待したい。
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