「題材と視点」セプテンバー5 TWDeraさんの映画レビュー(感想・評価)
題材と視点
今、“敢えて”これ(ミュンヘンオリンピック事件)を題材にするか、と作品に対して若干の複雑な印象を持ちつつも、第97回アカデミー賞「脚本賞」にノミネートされた本作がどんなものか、自分の目で確かめるためにTOHOシネマズ日比谷へ。公開1週目にもかかわらず小さなシアターが割り当てられており、会員サービスデイ10時55分の回は少ない席数に対してなかなかの客入りです。
カラーテレビが(アメリカの)一般家庭にも普及し始めた1970年代前半、72年に開催されたミュンヘンオリンピックは「時差」という壁をものともせずに非常に高い関心を集めていたこともあり、放送局(ABC)の力の入れようがまざまざと伝わってくるオープニング。ただ実際の現場では、24時間体制で対応できる環境を維持するため、疲労やストレスが溜まるスタッフたちと、度重なる機材の不調に融通の利かない(西)ドイツ人との交渉など、そこらじゅうにバッドバイブスが漂っていて皆テンションは低め。そんな中、不意に聞こえてきた「銃声」に急遽スタジオはざわめきだします。ただ、オリンピック中継のために集まった現場スタッフ達は当然「スポーツ班」であって報道のプロではありません。それでも、目の前で展開されるスクープに抑えきれないジャーナリズム。ABC中継のコーディネーション・プロデューサーであるジェフリー・メイソン(ジョン・マガロ)はそんな未知の状況を、手持ちのリソースと少ない情報の中でスタッフを差配しながら、ABCスポーツ社長のルーン・アーレッジ(ピーター・サースガード)を中心に、前代未聞の事態を「生放送」での放映することに踏み切ります。
今作を鑑賞するに当たり、しばらく前に観たきりの『ミュンヘン(06)』を観直してからという考えもあったのですが、今作があくまで報道側を視点にしたアングルに対して「見えてくるもの」を素直に感じるためにも、敢えて(本事件について)曖昧な記憶のまま「疑似的な新鮮さ」で挑むことにしたわけですが、正に報道の舞台裏の緊張感・臨場感がそのままに伝わってきて95分の上映時間はあっという間でした。例えば、今見ればめちゃくちゃアナログな手法の数々はむしろ新鮮で、基の映像素材にテロップを入れる方法や、印刷された写真の引き伸ばし方は正にプリミティブ。また電話の受話器を直結して音声を取り込んだり、ポータブルラジオを改造し周波数帯を変えて警察無線を傍受したりは、昔の「機械いじり」の楽しさを思い出してついついニコニコ。そして、起きている事実を忠実に伝えるべき報道の意義と、どこまであからさまに伝えてよいものなのかを判定する倫理観。更にはタイムリーに伝えるライブ感と、確実に裏付けを取る慎重さなど、現場は常に判断することのせめぎ合いの連続。一方で安全な場所からテレビと言う(当時の)最新メディアを通して観ている「野次馬」達にとって、これ以上ないほどのエンターテインメントだったことでしょうし、或いはこれが(報道部ではなく)スポーツ班が作ったものだからこそのエモみすら感じ、その後の報道番組などに大きな影響を残したことも想像に難くありません。
と言うことで、当初の引っかかりについてはむしろ、現代の「報道の在り方」についてまた考えなおすことも含めて観る価値のある作品でした。そして、本作を観たからこそ改めて『ミュンヘン』を観直したくなりました。堪能です。