「自分ができること、できないこと」アマチュア talismanさんの映画レビュー(感想・評価)
自分ができること、できないこと
妻を殺された、その悲しみと怒りと喪失感は妻を殺した者達を殺すことで消えるのか?という内省的なチャーリーをラミ・マレック好演、適役!自分が仕掛けた爆弾の爆発音にびびる箇所はまさにアマチュアで思わず笑ってしまったし可愛かった。
チャーリーの行動のきっかけは妻の死であったことに間違いはない。ただ彼は、監視カメラ映像記録のチェックと暗号解読を経てCIAの長年に渡る暗部を突き止めてしまった(ここで「スノーデン」との共通項を強く感じた)。だからこその彼の行動だと私は思った。私怨や復讐の為に理性なくして駆られた狂気ではない。その点、彼はアマチュアではない。冷静さがなくては、いくらIQ 170でも自分に課された(と彼は思っていたと思う)ミッションを全うすることはできなかったはずだ。
チャーリーはジェームズ・ボンドではない。コーヒーは自分で飲むのではなく妻のために淹れる。ワルサーPKKにも格闘技にもアストンマーティンにもオメガにも縁がない。ましてトム・フォードのスーツは目立ち過ぎで有り得ない。「ウォッカ・マティーニ、ステアなしで」なんて注文してる場合ではないのだ。彼にはQは居ない。チャーリー自身が頭のいいQだからQ不要。Mも居ない。これが一番辛かったろう。自分の職場の古狸の悪行を見つけてしまったから孤独だ。ボンドウーマンは居ない代わりにチャーリーには賢く勇気のある優しい妻サラの愛と、自分と同じレベルの超優秀なイクワライン、就任したばかりのCIA長官、そして自分の特性を見抜いてくれたヘンダーソンという、3人の女性と1人の男性が居てくれた。
退職する年齢を過ぎても、権力をもってつるんで私腹を肥やしているおじさんの皆さん、若い人や女性を馬鹿にしたり甘く見るのは辞めて仕事も辞めて隠居してください。見苦しいです。
おまけ
映画の中でチャーリーはあちこち移動する。ロンドン、パリ、マルセイユ、マドリッド、イスタンブール、ロシア、フィンランド。でもご当地映像を入れてなくて清々しかった。観光旅行してるんじゃないんだから!音楽、音響効果、映像よかった。続編希望!
talismanさん、ミステリアススキンのレビューにコメントありがとございます。
返信のしかたがよくわからないので、こちらに失礼します。
全体を通してみればいたたまれない内容には違いありません。
小学生には見せたくない作品の一つかも。ただカメラワークで直接な表現はありませんから、
演技する子役にも配慮・工夫して作ったんでしょう。
俳優さんたちはすてきな仕事をしてくれているので、そこが救いです。
コメントどうもです。
と、いうわけでボンドの銃をP99と書かれると違和感がある訳です。
新ボンドシリーズも時代設定は過去に戻るという噂なので、またPPKを使う事になるのでしょうね。
PPKとP99の違いが知りたければ、ご自分でググってみてくださいね。
そうですね。そのうち殺す気がないのに思いがけず殺してしまうようなキャラクターになれば面白いかもです。本編でも追いかけた女性が車に轢かれてしまうみたいな。彼が追う人間がみんな思いがけず不可抗力で死んでしまって、陰で奴は一流の殺し屋だとか囁かれて。でも本人はそんなつもりないのにみたいなw
では、おまけでWikiではこうです。
イアン・フレミングのスパイ小説『007シリーズ』の主人公ジェームズ・ボンドの拳銃として有名になった。
小説ではボンドは第1作でグリップ部にテープを巻いたベレッタM1919を使っていたが、第5作『007 ロシアから愛をこめて』で抜き撃ちの失敗が原因で怪我を負い、上司のMからPPKに替えるよう命令されて以来使い続ける。
映画では後の作品の『007 ドクター・ノオ』が第1作のため、この時にPPKに替えるように指示されている。第18作『007 トゥモロー・ネバー・ダイ』劇中以降はワルサーP99を使用していたが、第22作『007 慰めの報酬』以降では再びPPKが使用されている。
ググッたらこう出てきました。
ボンドの銃という意味ではPPKではないかと。
P99はボンド映画では、1997年の「トゥモロー・ネバー・ダイ」からピアース・ブロスナンのボンド(ダニエル・クレイグのボンドが「カジノ・ロワイヤル」の冒頭のみ使用)が使用していた。 小説のボンドを知るファンは、「007がこんな銃を使うわけがない」と違和感をおぼえたことであろう。
共感どうもです。
なるほど、妻の仇討ちを言い訳に、実は自分が発見した不正でCIAの組織内部を正したということですか。チャーリーならそこまで読んでの行動だったかも知れませんね。
ちなみにボンドのワルサーはPPKでは。
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