「二つの「新幹線大爆破」・・・両者とも「やや難あり」だが、私は「ひかり版」に軍配!(ネタバレ有)」新幹線大爆破 椿六十郎さんの映画レビュー(感想・評価)
二つの「新幹線大爆破」・・・両者とも「やや難あり」だが、私は「ひかり版」に軍配!(ネタバレ有)
1975年制作の博多行きひかり号を舞台とした「新幹線大爆破」(以降「ひかり版」)を見たのは封切りから2年後、多分東京のどこかの名画座だったのだろう。それから、レンタルビデオであったり衛星放送であったり・・・何度も見返している。最近見たのは、今月Netflix版の「新幹線大爆破」(以降は「やぶさ版」)が配信になる1週間ほど前(WOWOWを録画したものがあるので今はいつでも見ることが出来る)である。先ず言えるのは、「ひかり版」を何度も見ていると言うことは、かなりのお気に入り映画だと言うことだ。先ず、新幹線が80㎞より速度が低下すると爆破する=新幹線は止まれなくなると言う設定(「はやぶさ版」は100㎞以下)が新鮮で有った。更に、高倉健(主犯役)と宇津井健(運転指令)というW健さんが格好良く、「座っているだけのアクション俳優=千葉真一」(ひかり109号運転手)も何だか新鮮に感じた。また、「新左翼くずれ」の山本圭、「砂の器」を思い出す丹波哲郎の警部、居るだけで重しとなる国定総裁役の志村喬等々・・・、ワキを固める人材にも事欠かないキャスティングであった。ストーリーも、緊迫した新幹線の車内や総合司令所という臨場感ある「現場」・・・と、同時に描かれる犯人がどう「身代金」を手にするのかと言う黒澤明の「天国と地獄」を彷彿とさせる場面もしっかり描かれていた。
但し、国鉄の協力を得られなかった為に「如何にも・・・」という模型や当時の技術では如何ともしがたい見えみえの合成と云った限界も垣間見られた。・・・ただ、その困難な状況をなんとかしようとする現場の努力がうかがえるという意味では、「それもコミ」で好きなのかも知れないが・・・。また、ストーリーの中で1点だけ・・・、犯人から提供のあった爆弾の外し方を書いた絵図が、置いてあった喫茶店の偶然!の火事で焼失してしまう件は、何ともご都合主義でいただけない部分であった。
さて、それから半世紀・・・、「はやぶさ版」である。流石にJR東日本の全面協力の効果は絶大である。更に最新のCGは、「ひかり版」のミニチュアや画像合成とは比べるまでも無い。但し、E5系同士の接触やはやぶさの脱線シーンはやはり「作り物感」を完全に払拭は出来ていない・・・、が、まあそれでも、十分ではあった。
一方、キャスティングや物語はどうか?健さん演じる犯人と「はやぶさ版」の犯人を比べる様な意地悪はしないが、単純に身代金が目的の「ひかり版」に対して「はやぶさ版」の犯人の「無敵の人」的な屈折ぶりは返って犯人像がぼやけてしまい展開を分かり難くしてしまっている。更に、見えにくいのはのん演じる運転士もだ。タダ単に「今時だから女性にしといたら!」と云う感じで配役の妙が全く見えない。これは、新幹線運輸車両部マネージャー役の女性にも言えるところだ。また、「ひかり版」の宇津井健と「はやぶさ版」の斎藤工演じる運行指令を比べても宇津井の方が遥かに重厚感がある。私は、これを「役者の格」とか云う言葉で片付けようとは思わない。脚本の違いだろう。「ひかり版」の方が、明らかに現場責任者の苦悩をしっかり描いているからだ。物語で言えば、犯人の目的の不可解さだ。確かに最近不可解な事件は多いが、物語の分かりやすさを考えれば身代金目的の方が断然良い!(「はやぶさ版」は身代金を要求はしているが、その事は目的では無い)何よりも、犯人と身代金を介した警察との攻防は新幹線を介した本筋と同時にもう一つのドラマが見えて「ひかり版」の面白さを倍増させていた。一方、それが無い「はやぶさ版」は、ひたすら異常者との虚しい心理戦に終始し、何より官房長官の「テロリストとは交渉しない!」と言う言葉が馬鹿の一つ覚えの様に聞こえた。また、クラファンを呼びかける起業家YouTuberも単なる道化役にしか見えなかった。
昔は良かったとか、往年の名優は凄かったなどとは言うつもりは無いが、やはり今回は僅差ではあるが0系に軍配を上げたい。