劇場公開日 2025年9月12日

「新奇一切なし、平凡極めれば良作になるのです」風のマジム クニオさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5 新奇一切なし、平凡極めれば良作になるのです

2025年9月13日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

笑える

幸せ

癒される

 なんと素直で、自然な心地よさ。変に凝ったり変化球だったりでは全然ない。演出も脚本も演技もごく普通、平凡って言っても構わない、けれどド・ストレートに迫られれば、否応なく虜にさせられる。テレビドラマのレベルね、などと矮小化しないでください、心にスっと入ってくれれば、テレビだろうと映画だろうと、まるで関係ないわけで。鑑賞後直ちに隣接するショッピングエリアでラム酒を探してました、私は。

 監督さんは存じ上げない方ですが、役者は熟練のベテラン揃いで、沖縄の役者さんも多数登場ですが、無理に限定しないところがいい。なにしろ本作は「邦画」ですのでね。調べましたら監督の芳賀薫氏は東京のご出身で、CМの大ベテランのようで、ラム酒は作り手の地元愛が欠かせないですが、邦画はこうして作ればよろしいのですよ。

 だから主演の伊藤沙莉は少し前のNHK朝ドラの弁護士キャラそのまんま本作での契約社員役に落とし込み、サクセスストーリーを嫌みなく昇華させる。観客と等身大のスタンスが彼女の強みなんですから、一挙手一投足が共感を得やすい。何を言いたいかって? はっきり言って美人女優の範疇ではないからこそ、なんです。対するシシド・カフカが容姿もなにもかも伊藤とは対極で(美人キャラってこと)、敢えて彼女に主人公の障壁に近い役に据えたのも計算の上。二人の中間に位置する小野寺ずる扮する正規社員のアンサンブル的アクセントが、素晴らしく効いているのも脚本の勝利。脇に徹した染谷将太もスパイスが効いてます。

 実話がベースの小説が基になっているとのこと。実際「CORCOR」ブランドで南大東島でのサトウキビを原料としたラム酒がありますねえ。砂糖製造後の糖蜜によるラム酒だけでなく、本編でも語られるアグリコール製法(サトウキビの搾り汁を直接原料とする製法)に基づく製品も。さらになんと映画にちなんだ「風のマジム」ラベルの製品も、既に完売となってましたが。

 さとうきび畑ってのがあんなに背が高いって、私的には驚きですが、広大な畑を通り抜ける「風」を映像で感じさせれば本作は成功するはず。見事に私の頭の中には「ザワワ ザワワ」と森山良子の唄声が鳴り響いておりました。そしてエンドタイトルには森山直太朗の歌声が登場とは完璧です。

 ただ、実話ベースゆえに変えられなかったのでしょうが、豆腐製造過程の一部を緻密に描写する割りに、肝心のラム酒の製造がまるで描写されないのが残念。取り組んだと思ったら、「はい出来ました、最初の一杯は社長に」とは実に惜しい。大鍋の豆腐の湯気まで見せられれば藤竜也主演の「高野豆腐店の春」2023年を思い出し、また豆腐屋ストーリーかと思ったくらい。食への向き合い方のためでしょうがね。

クニオ