「神がいなければすべてが許される」異端者の家 津次郎さんの映画レビュー(感想・評価)
神がいなければすべてが許される
コンビクリエーター、スコットベック&ブライアンウッズの、Heretic以前のもっとも大きな成果はクワイエットプレイスのライターだった。監督業では好評を得たHaunt(2019)があるが、アダムドライバーの華々しい映画出演歴に泥を塗る怪作65(2023)も彼らが書いて演出した。
そんな来歴を見る限りこのコンビクリエイターがHereticをつくったのは意外だった。意外と同時に、映画クオリティについての考え方が調節された。
映画のクオリティは監督の力量や才能によるが、動機やアイデアもクオリティに作用することがhereticを見て解った。
それを解っていなかったわけではないが才能という礎石に動機やアイデアを載せることで映画クオリティが形成されることを、65からHereticへの変化があらわしている気がした。
成熟した映画製作環境があり、そこに集うクリエーターの技量or能力が横並びのような状況ではむしろ動機やアイデアこそが傑出の条件になる。当たり前のことでもある。
かえりみればアリアスターもジョーダンピールもダニー&マイケルフィリッポウも、タイウェストやロバートエガースやマットベティネッリオルピンやデヴィッドロバートミッチェルも斬新なホラーアイデアによって頭角を露わしたわけである。
業界も観衆も黒澤明やキューブリックやタルコフスキーのような天才の出現を待っているわけではなく、新しいアイデアの顕現を待っているのだ。
映画を見慣れている方ならご同意いただけると思うが、映画を見始めて10分ぐらいは、たいていその映画世界にじぶんの感性を慣らしている時間帯であろうかと思う。
ゲームならチュートリアル、仕事ならオリエンテーション、まだ面白いのか面白くないのかが解らず、楽しむためにじぶんを映画側の歩調に合わせている時宜がある。
一方で、最初からスッと引き込まれてしまう映画もある。Hereticは冒頭のマグナムコンドームの会話からスッと引き込まれ終いまで夢中になった。
見終えて、これがあの65と同じスコットベック&ブライアンウッズ監督だと知り、映画クオリティの考え方の調節を余儀なくされた。65は退屈で見ていられなかったからだ。65からHereticに至る1年のあいだにスコットベック&ブライアンウッズ監督の映画製作能力が向上したのか?そうでないなら何が違うのか。動機とアイデアが違う、という結論になった。
Hereticの動機となったのはブライアンウッズの父親が食道がんにより死去したことだという。そこから死後の世界に関する疑問がストーリーを形成していった。
伝道者のキャラクターを可能な限り本物らしくステレオタイプにならないようにするため、様々なモルモン教徒から取材し、且つ元モルモン教徒である女優二人(Sophie ThatcherとChloe East)を主演に据えた。
宗教を真剣に扱いながら、あくまでエンタメの文脈で書き、大まかなアイデアは風と共に去りぬ(1960)とコンタクト(1997)から得たという。
いったい誰がHereticを見て風と共に去りぬやコンタクトを思い浮かべるだろう?すなわちHereticは身内の死という強い動機から突飛なアイデアを経由し元モルモン教徒を揃えてつくられた。だからクオリティが上がったわけである。
Hereticの核心、リード氏(ヒューグラント)の主張は、宗教とはユダヤ教が時代や地域によって形を変えながら存在しているに過ぎないという観点から、すべてが焼き回しのような事象で世界が構成されていることへの嘲笑である。ボードゲームのモノポリーも楽曲のCreepも焼き回しで、もしモノポリーの発案者が権利を主張すれば、あるいはThe HolliesがRadioheadを訴えれば、類似品は存在できない。ユダヤ教が類似を許さなければ宗教は生まれない。であるなら他者を支配することが宗教をも超えたすべての欲望の根源だという理屈である。モルモン教分派の一夫多妻を実現し女たちを支配監禁するうちに邪曲、変節していったと思われる。
理屈はともかくとして、映画Hereticを貫く緊張は、監禁状態に陥った二人の女性の凄まじいまでのストレスが怒濤のようにこっちへ伝播してくることに他ならない。初見では常人気配のあるリード氏が妻がパイをごちそうすると言うので入って会話するあいだに、違和感が不安に変わり、不安が怪しさに変わり、怪しさが確信に変わり、確信が恐怖に変わり、恐怖が逃走や闘争の本能を目覚めさせる、その過程がマジ険悪で、グラントはノッティングヒルと同一人物とは思えないほど怖かった。
死の淵から最後の力を振り絞ってリード氏を倒したシスターバーンズ(Sophie Thatcher)を預言者と見なし、結局シスターパクストン(Chloe East)が論理的にも肉体的にもリード氏を凌駕して、幻影に蝶を見るところで映画は幕を閉じる。
モルモン信徒は、アルコール煙草コーヒーお茶薬物が禁じられ、婚外性交渉もポルノも自慰も避妊も禁忌とされている。すなわち映画Hereticは、ダサい聖徒の神殿下着を履き、一般社会から嘲弄されるような世間知らずの新米モルモン信徒が、勇気と知恵をもって異端者に抗い、最終的にそれを凌駕する様を描いた映画、と言える。
隠喩や小道具や仕掛けも多くとうてい恐竜とアダムドライバーが追いかけっこする映画をつくった監督と同じ監督がつくった映画とは思えない。
雰囲気はアスターのHereditary(2018)、ストレスはLenny Abrahamson監督のRoom(2015)、宗教的筋書きを差し引いても、Hotel Coolgardie(2016)のように男が女に与えるハラスメントの恐怖の本質を描いていると思う。
imdb7.0、RottenTomatoes91%と76%。
